今日は休日開催のゼミで研究発表会を終日行っていましたが、学生の発表が終わり次第、教員(笠井)は会場を移動して慶應義塾大学東アジア研究所の学術大会での報告に臨みました。

報告した研究プロジェクトは、「パブリック・ヒストリー」(以下、PH)を共通のテーマとし、その理論と事例・実践についての個別研究を展開しまとめるものです。プロジェクトは23名で構成されており、これまでに9回の定例研究会、1回の学会セッション(日本平和学会)を開催し議論を深めてきました。

PHは特に歴史学を中心としたアカデミック・ヒストリー(以下、AH)との、しばしば緊張を孕む関係性を持ったものとして扱われてきました。その文脈においてPHは、一般市民が担い手となる歴史実践として、社会運動としての性格も有するものです。

他方、本研究プロジェクトがPHをテーマに据えていることからもわかるように、PHをアカデミックなものの内側から論じようとする立場もあります。いずれにせよ、PHは既存のAHを何らかの形で相対化しようとするものとして位置づけることができるでしょう。

PHの理論展開はグローバルに同時並行で個別に進んだ面があり、また、実践も多種多様です。このことに関連し、PHが既存のAHをどのような観点から相対化するのかという議論も多岐にわたります。

そこで、本研究プロジェクトの定例研究会を経て、さまざまなPHの理論・実践に共通し重要な諸相を抽出しました。すなわち、学際性、民主制、抵抗性、実用性、公共性、多声性、物語性、当事者性、発話可能性、連続性といった諸性質です。PHに位置づけられる理論・実践は、その一つ一つがこれらの諸相すべての性質を有するわけではありませんが、公共性や民主制を中心とした複数の性質を同時に帯びています。

だが、このようにしてPHの諸相をまとめたとき、PHが相対化を図ろうとするAHにもまた、同様にこれらの性質を帯びているものは多くあることがわかります。その点で、AH/PH間の関係は厳然たるものとは言えません。つまり、両者は必ずしも対立するものではなく、AHかPHかの二元論では語れるものではありません。

そのため、PHを論じるにあたっては、AHを含む歴史に関するあらゆる実践について、それぞれがPHの諸相をどのように・どの程度帯びているかという観点を採ることになります。

本研究プロジェクトでは、PHの諸相を複数かつ強度に有する実践の事例研究を踏まえながら、PHの学術的・社会的意義についてまとめ、新たな視座を提供したいと考えています。

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