最初に

このウェブサイトは笠井賢紀個人のサイトです。所属機関等の公式サイトではありません。また、研究室を名乗っていますが、当面、私(笠井)の個人サイトです。(2020年4月1日追記:下記の通り、2020年4月1日以降、研究室のウェブサイトになり、所属学生も更新することになりました。ただし、慶應義塾の公式サイトではなく、笠井個人の責任下に置かれているサイトであることに変わりはありません。)

サイト名の「語りから未来を紡ぐ」は私が担当する講義科目の正式名称でもあり、実習科目の愛称でもあります。私は生活史調査をしており、伺うのは基本的に過去の話です。過去の振り返り方が無数にあるように、未来の展望も無数にあります。過去・現在の語りから、糸が紡がれるように繋がって未来が出て行くというイメージのもとでこうしたコピーを使っています。

大学院生の時分に内尾太一さんと原めぐみさんと3人で「カタリスト」と名乗って研究チームを作っていました。個人研究をそれぞれに行っていましたが、年に1度は合宿をして互いに博論執筆や調査研究、そして進路の話を語らい励まし合いました。

3人に共通するのは、人の語りをこよなく愛する「語り-ist」であるとともに、語りを通じて人と人とを繋げ反応を促す「触媒(catalyst)」になろうとしていることでした。

「語りから未来を紡ぐ」という講義が龍谷大学社会学部にできたのは、私が赴任してから2年目の2013年度でした。当初2年度間は集中講義として内尾太一さんと共同開講し、大学コンソーシアム京都単位互換科目として2年とも7,8の大学から30名強の学生が受講する、たいへんめずらしくおもしろい科目になりました。

その後2015年度には担当が私一人になり、2016年度には集中講義から毎週の講義になり、2017年度にはキャンパスプラザ京都ではなく龍谷大学での開講になりますが、科目は継続されています。動詞で終わるちょっと変わった講義の受講生も100名を超えたはずです。

最近では、過去の受講生どうしが今もSNSを介してつながっているのを見て、きっかけを生むことができたとカタリストとしては嬉しく感じます。

日々の活動は、簡単に投稿できすぐに反応がもらえるFacebookに投稿してきましたが、どんどん流れていってしまうのが少し嫌でした。Blogにすると良くも悪くも過去の記事が過去のその時点のままに残ります。少し緊張感があります。丁寧にまとめようとします。その行為が、(糸を紡いだことはないのですが)糸を紡いでいるような作業にもどこか感じられ、少しBlogを試してみようと思う次第です。

2017年2月28日 笠井賢紀

地域社会論研究会の始まり

2020年度から慶應義塾大学で研究会(ゼミ)を担当することになりました。1期生は法学部19名、文学部1名の20名です。教員の専攻は地域社会論なので研究会を主宰する当研究室は「慶應義塾大学地域社会論研究室(笠井賢紀ゼミ)」と名乗ろうと思います。

研究室に広報担当学生が置かれることになり、広報担当学生も普段の研究会の様子を投稿します。受験生や入ゼミ希望生が研究会の雰囲気を知るきっかけにして下さい。

2020年4月1日 笠井賢紀

指導を希望する方へ

慶應義塾大学の学部生で指導を希望する場合、卒業論文の執筆を前提条件として学部・学科を問わずに受け入れています。通学制の学生の場合、ゼミナール委員会の案内をよく読み、入ゼミ課題を期日までに出して下さい。通信制の学生の場合、卒論の指導教員希望に私の名前を書いて下さい。

いずれの場合にも、本人の研究計画と担当教員(笠井)の専門性にずれがある場合や、指導可能な人数を超えた場合など、指導をお断りする場合もありますのでご了承下さい。ミスマッチを防ぐため、事前に問い合わせをされることを勧めます。

2020年度においては担当教員(笠井)が主査として指導可能な研究科(博士課程・修士課程)はありません。翌年度以降に進学予定があり、何らかの指導を希望する場合は個別に相談して下さい。

研究会への聴講での参加は原則として認めません。ただし、毎回の出席を前提とし、研究会メンバーとまったく同じように課題、発表、ゼミ運営などに貢献する場合で、現役ゼミ生が承認する場合において、特別に参加を認めることがあります(この場合、所属・学年などを問いません)。

なお、担当教員が特別に参加を認める場合においても公式には慶應義塾の所属になるわけではありません。(慶應義塾の特別学生になった場合においても、研究会の履修は認められていませんので研究会への参加によって公式に所属先とすることはできません。)

2020年4月1日 笠井賢紀