三宅初穂『話しことばの要約』

大学では情報処理実習の授業も担当しています。非常勤講師として教えたものも含めると5大学で担当してきました。情報処理の科目はコンピュータを用いる、もっというと、Microsoft Officeの使い方を教えることを求める大学が多いです。

ただ、それは情報処理のほんの一部でしかありません。コンピュータを用いなくてもできる情報処理もあるし、情報処理の考え方や理論を身につけてからでないとコンピュータの操作法だけを修得しておしまいになってしまいます(そしてMS Officeのバージョンが変わると対応できなく……)。

情報処理の授業で作ったチラシを壁に貼って閲覧

余裕のある科目の場合、情報処理のお勉強に時間を割いたり、学科の学修内容と近い内容の科目運営にします。たとえば今、私が所属するコミュニティマネジメント学科ではMS Officeを高校で習ったけれども苦手意識が強い学生向けの[B]asicクラスと、それ以外の学生の[A]dvancedクラスに分け、Aクラスではチラシ、新聞、ポスターの作り方など地域で使えるさまざまな技術を教えています。

A/Bいずれのクラスでも重視しているのがタッチタイピングです。パソコンに苦手意識を持っている学生の多くは「タイピングが苦手」が原因では無いかと思っています。1分に50文字しか打てないと、スマホのフリック入力の方が速いので、キーボードを使うことに意味を感じないどころかストレスのもとです。1分に200文字打てるようになり、ショートカットキーも覚えると、パソコンを使うことの実利的な面が実感できます。


僕自身、タイピングの練習を学部生のころにしたおかげでいろいろな世界が開けました。大学院生のときに、鶴見俊輔さんの講演を文字に起こししたのも良い思い出です。また、研究会では記録係として学部生や修士課程の立場のまま同席させていただき、その場で質疑応答を入力し、研究会終了と同時に記録をメーリングリストに送って喜ばれました。

タイピングは正しい方法で毎日練習を積み重ねれば、それほど個人差無く、いっていの速さになります。ただ、最初のうちは我流の方法を矯正する過程でいったん速度が落ちたり、せっかく少し早くなってきても日常生活で使う場面がなかなかありません。何か学生にとって、タイピングの練習を続ける誘因となるものがないかと前から考えていました。

僕は、自分の授業でゲストが来てくれたときや、自分が講師を務めるワークショップで各グループからの発表を聞くとき、その場にスクリーンに映るパソコンが用意されていれば、発言を入力することがよくあります。これは参加者にとても喜ばれる。こういう経験につながれば、少しはやる気が出るかもしれない。

また、龍谷大学では聴覚障がいを持つ学生に対して、ノートテイカー(PCテイカー)を付けられる仕組みを整えつつあります。少しとはいえアルバイト代が大学から出て、空いた時間を埋められるだけではなく、自分の同級生を支えることができる良い仕組みだと思うのですが、PCテイクをしようとすると、ノートテイクの技術以前に、タイピング速度と正確さが問題になってきます。「きちんとタイピングができるようになると、こんなこともできるよ」という出口としてPCテイカーにつなげてみたい、という思いもあります(現状、テイカーは不足しています)。


ただ、研究会の議事録作成や、講演中・発表中の同時記録をしながら素人なりにもわかってきたのは、「聞こえたとおりを記録する」ことが必ずしも正解ではなさそうだ、ということです。そこにはたぶん、その分野ならではの専門性があり、理論・工夫があるはずです。

そこで調べていて出会ったのが「要約筆記」なる分野です。僕の講演会にもたまに要約筆記者を会場が手配していたことがあり、存在はしっていましたし「うわ、すごい速さで画面に出ているな」と感じることもありました。

三宅初穂『話しことばの要約』は、聞こえたままに記録するのではなく、「通訳」をすることとして要約筆記を位置付けています。難聴者の参加機会の保証のための情報伝達であるという姿勢を貫いています。現実的に全文記録は無理だからしないのではなく、全文記録が最良の手段では無いために敢えてしない、というスタンスで、なるほどと思わされます。

最終章を除いては基本的に手書きの要約筆記に関することなので、記録できる文字数の点など、タイピングとはだいぶ状況が異なります。PCテイクの理論も探究されるべきという問題提起も本書の中にありました。

今のところ、情報処理の一環として要約筆記に関心が向いているのですが、研究の際に人生史を構成・再構成するときに削っていいもの/だめなものの境界線みたいな議論にもどこかでつながるのではないかと考え、もう少し勉強を深めたい分野です。

 

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