阿賀野川流域訪問

日本平和学会の新潟水俣病関連のシンポジウムに登壇することになりました。現場に一度も行ったことがない門外漢が机上の論を話しても意味が無いので、コーディネータの方に9時から16時まで車でご案内いただきました。

昭和電工跡地、阿賀野川への排水口、患者の方のご自宅、(途中でラーメンと瓢湖も挟んで)資料館と回ってきました。阿賀町の方まで上がっていくと、新潟市よりも県境を越えて福島県の地域との方が文化的にもつながりがあるかのようなお話しもうかがいました。

今回の台風で阿賀野川の氾濫が報じられていて、車内で見たテレビ番組でもちょうど阿賀町の様子が報じられていました。跡地を見ても往事の栄えていた風景はなかなか想像できませんでしたが、山の中にありながら多くの労働者で賑わっていた時代があるのですね(資料館で写真をみました)。

患者の方のご自宅にお邪魔した際は、家に上げていただいて1時間ほど、ご夫婦にお話しを伺いました。

70代を目前にして「このままではくやしい」と思い認定申請を決意されたという話。認定申請されてたたかっている今についても伺いたいことはありますが、それ以上に、70近くになるまで家族にさえ水俣病かもしれないと言わずに/言えずにいたことは想像を絶します。

資料館では映像を見せていただいた後で、館内をゆっくり職員の方にご案内いただきました。映像を観たスペースに「語り部」の展示もありました。語り部は7名いらっしゃるようです。

(さて、私が学会で10分ほどであろう持ち時間で何をしゃべろうか悩むところです。)

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