通信教育部模擬講義

慶應義塾大学通信教育部の模擬講義を行ってきました。

老若男女の聴講者がいらっしゃいました。人数は数えていませんし、直接のアンケートもないので、一方的にしゃべり倒してきた感じです。

50分いただいたけど、2分遅れで始まったようなので48分で終えてきました(時間厳守派)。

始まる前にお弁当いただいたので「夕飯にしよう」と思っていたのですが、かなり熱を入れて講義してしまったのでヘトヘトで、さっそくいただきます。

終わった後、会場をそそくさと出ようとしたら、わざわざ走って止めてくださり、「これは通学制の授業だと何回分の内容でしょうか。このような視点があるのだと驚きました。もし入学することになったら、楽しみです」というような話をしてくれた参加者がいました。

なかなか声掛けってできないけど、その一言ですごく救われることってありますね。ありがたいことです。

2月に刊行予定の拙編著には紙幅の関係で掲載しなかったのですが、代わりに龍大社研報告書の載せた「レパートリーとしての民俗」の話を中心に講演しました。レパートリーよりももう少しいい概念がありそうな気もするけど。「目的の手段化による民俗の継続」とかいうタイトルにしておいても良かったかもしれない。

パネル「GIR: Global Innovation Ranking」登壇

政策情報学会(@東洋大学)のパネルディスカッション「GIR: Global Innovation Ranking」に登壇しました。東洋大学が作ったGIRについて議論するものです。

門外漢ですが主催学会の理事ということで、素人の素朴なコメントをする役を任じられたと思うことにして参加しました。当日の様子は開催校にてまとめたり報告されたりする旨、うかがっていますのでここには公開しません。前日に自分でメモした内容は次の通りです。


同じ対象群でも指標によってまったく違ったランキングになる。たとえば地域社会については単純な人口ではなく関係人口で評価するなどといった動きもある。新しい指標の作成自体がイノベーティブな作業だ。

さらに、指標は政策の立案過程にも評価過程にも活かせる。あるいは指標作成の過程における議論の深化は、「イノベーションとは何か」のような根本的な話まで遡って行われたであろうから、学術的貢献が大いに期待できる。

なお、指標作成とそれに基づくランキングの提示は、政策と情報という2つの概念を結びつける意味ある行為と考えられる。

●妥当なデータの整備状況とランキング精度
→たとえば学生の起業意向など、適切なデータは各国で同様に揃うのか。これらが揃うとランキングはどのように変化しうるのか。

●一人あたりGDPとの関係
→このランキングの上位になることが達成されると、そのことにより結果的に何が実現されるのか。一人あたりGDPを志向しているようだが、ある指標における得点が上がることが、どのようにして一人あたりGDPの向上とつながるのか、一見してわかるものではない。

また、逆に、一人あたりGDPランキングから本ランキングを見るとどの程度整合しており、不整合な部分は何によって説明されるのかも知りたい。そこには当然、イノベーション以外に一人あたりGDPに寄与する別の要素が現れる。

●どのようにして「選ばれる・使われる指標」になるか
→日本という一つの国の中の、東洋大学という一つの大学の、その中の一つの研究所が作成した指標とランキングにどのようにプレゼンスを持たせていくのか、その戦略を知りたい。

●イノベーション「そのもの」は測り難いのか。
→指標のほぼすべては、イノベーションが生まれやすい環境の話をしているように思われる。その点、他の関連指標がイノベーションではなく競争力を銘打つのは比較的わかりやすい。

東洋GIRはイノベーションインデックス、イノベーションランキングを銘打っているので、素人としては、「イノベーションそのもの」を直接評価できる枠組みはできないものか、気になる。

●国の中の差異はどう評価されうるか
→日本で言えば各種の特区のように、選択と集中によってイノベーションを促そうとしているが、こうした特徴ある地域か国内にあることは、本指標ではどう評価されるのか、されないのか。

「阿賀野川の畔で考える -新潟水俣病の現在-」

新潟県立大学で開催された日本平和学会2019年度秋季研究集会のシンポジウム「阿賀野川の畔で考える -新潟水俣病の現在-」に登壇し14分ほどお話してきました。

私たちの分科会に入る前の午前の部会(環境と平和――エネルギーへの欲望が創り出す新潟)も新潟がテーマで、とても刺激的でした。僕は特に写真館主・美術家の吉原悠博さんのファミリーヒストリーの探求に驚きました。

さて、自分たちの分科会は、司会の酢山さんからの質問にパネリストが答えるという方式で進められました。4人のお話が終わったあとで私に振られたので、いわばコメンテーターのような役割だったかもしれません。残念ながら(部会・分科会とも)フロアからの質疑の時間はなかったので直接の反応はあまりいただけませんでしたが、当事者・支援者の皆さんの心のこもったご報告に、皆さん気づきがあったことと思います。

分科会にはおそらく4,50名が来てくださっていて、よかったです。

阿賀野川流域訪問

日本平和学会の新潟水俣病関連のシンポジウムに登壇することになりました。現場に一度も行ったことがない門外漢が机上の論を話しても意味が無いので、コーディネータの方に9時から16時まで車でご案内いただきました。

昭和電工跡地、阿賀野川への排水口、患者の方のご自宅、(途中でラーメンと瓢湖も挟んで)資料館と回ってきました。阿賀町の方まで上がっていくと、新潟市よりも県境を越えて福島県の地域との方が文化的にもつながりがあるかのようなお話しもうかがいました。

今回の台風で阿賀野川の氾濫が報じられていて、車内で見たテレビ番組でもちょうど阿賀町の様子が報じられていました。跡地を見ても往事の栄えていた風景はなかなか想像できませんでしたが、山の中にありながら多くの労働者で賑わっていた時代があるのですね(資料館で写真をみました)。

患者の方のご自宅にお邪魔した際は、家に上げていただいて1時間ほど、ご夫婦にお話しを伺いました。

70代を目前にして「このままではくやしい」と思い認定申請を決意されたという話。認定申請されてたたかっている今についても伺いたいことはありますが、それ以上に、70近くになるまで家族にさえ水俣病かもしれないと言わずに/言えずにいたことは想像を絶します。

資料館では映像を見せていただいた後で、館内をゆっくり職員の方にご案内いただきました。映像を観たスペースに「語り部」の展示もありました。語り部は7名いらっしゃるようです。

(さて、私が学会で10分ほどであろう持ち時間で何をしゃべろうか悩むところです。)

津和野高校進路講演

本日、島根県立津和野高等学校(ツコウ)にて45分間の進路講演を行ってきました。私の講演の後は、大学・専門学校や商工会などの中から生徒たちが自分の関心に合わせて話を聞きに行くようです。

津和野高校は高校魅力化コーディネーターを置き高校魅力化を図る諸実践を展開しています。また、高校には町営塾HAN-KOHが併設されており特に英語教育が充実しています。これら諸施策で教育分野で有名な町になっているようです。津和野町は地域おこし協力隊員、集落支援員を数十名規模で雇用しており、そのことと活発な活動は無縁ではないでしょう。

さて、私は2014年に大学時代の先輩と津和野町を訪れたのが初めてで、その後、2017年に久しぶりの再訪を果たしました。2017年は同じく高校魅力化を手掛けている島根県立島前高校(海士町)を出て津和野に向かったのですが特別警報で高校が休講となり予定されていた仕事は果たせませんでした。そして2018年に今回と同じ講演を行い、今回は再依頼いただいた形です。

与えたられたテーマは「大学での学びと拓かれる可能性」です。そもそも大学とはどういうところかを生徒たちに知ってもらい、進路の一つの選択肢として提示しようという考えかもしれません。聞くのは1,2年生の全員(100名強)で、2年生は昨年も私の講演を聞いています。

同じ話を聞くのも苦痛でしょうから、前半は昨年同様に大学での学びと高校での学びの違いについて私なりにまとめてみました。後半は、大学進学にかかわらず、人から学ぶときの姿勢や、他者尊重と自尊の重要性などを説きました。

講演後に話しかけに来たグローカル・ラボ部の生徒たち

会場にいた教師からは「大学進学を検討していない生徒にとっても意味がある講演だった」、生徒からは「講演会の印象が変わった。高校生の立場に置き換えて語ってくれているのでわかりやすかった」とコメントいただきました。

さて、津和野町は4回目の訪問ですが、これまではほとんど人とお話しする機会がありませんでした。今回、高校魅力化コーディネーターの山本竜也さんのご厚意により、郷土史家・山岡浩二さん、津和野公民館長・中島正一さん、HAN-KOH宮本善行室長(前・津和野高校長)はじめ多くの方たちとお話しすることができました。

山岡浩二さんと、ご恵贈くださった『明治の津和野人たち』を手にする笠井

現在、私は同志たちと「人生の語り」と「地域社会の未来」との接続に向けた活動を企図しており、できれば津和野の皆さんとも何かご一緒したいと考えています。その時機に地域を知る多くの方たちにお目にかかれたのは僥倖でした。

来年4月より慶應義塾大学でもゼミ(研究会)を担当する予定なので、学生たちとも津和野にぜひ一緒に行きたいです。

ICOM-KYOTO2019で口頭報告

KASAI, Yoshinori and Atsushi Nakagawa, “A Collaboration on Folklore Research between a City Museum and a Private University”, ICOM-KYOTO CAMOC-DEMHIST Session, City and House Museums in the Context of Revising Museum Definition, Kyoto, Japan, 2019

  • ICOM: International Council of Museums
  • CAMOC: ICOM International Committee for the Collections and Activities of Mueum of Cities
  • DEMHIST: ICOM International Committee for Historic House Museums

I’m engaged in research on Sagicho in recent years as I wrote here many times. It is a folklore event seen through Japan to make the God of New Year to the celestial world by burning decorations for the season.

The research has been done collaborating with Ritto History Museum under the comprehensive partnership agreements between Ritto City (うますぎる栗東) and Ryukoku University, my former affiliation.

We published a book and held a symposium based on the research. And we’d like to review the process of our collaborative research. Fortunately, the general conference of ICOM (ICOM KYOTO 2019 Organising Committee), the international council of museums, was to be held in Kyoto this year. Then, we submitted an abstract to the session of CAMOC (CAMOC – Museums of Cities), the international committee for the collections and activities of museums of cities. The board accepted it as one of 10 presentations out of 90 entries.

Today, Mr. Atsushi Nakagawa (中川 敦之), a curator of the museum, and I had a presentation titled “A Collaboration on Folklore Research between a City Museum and a Private University.” It showed the process of research as a case and concluded that the museum is changing more for the communities, by playing a role as an open and public resource, collaborating with other institutions, and promoting the participation of residents. Especially on the participation was the key factor for our research.

Some presentations in the session emphasized globalization and insisted on the importance of cross-cultural exchange. Our case was not global, but cities always have cross-cultural exchanges between old residents and newcomers, and senior citizens and young. That’s why such collaborative, participatory research is very important not only as academic research but also to let residents exchange their experiences and opinions to make future communities.

We had little chance to communicate with participants, because the discussion was concise, and questions from the floor concentrated on a presentation regarding distinguished practices of the Montreal Museum of Fine Arts. But some gave comments to us; almost all they were about our presentation style like a dialogue. We hope to receive more comments on the content of our presentation rather than the style in the next chance.

Anyway, it was a valuable experience for us to have a presentation at the international conference. I’m now interested in the CAMOC conference next year in Krakow. If the theme and conditions match to me, I perhaps apply for it.

塾内進学予定者模擬授業「人生の語りに地域社会をみる」

社会調査史研究会を欠席して、塾内進学予定者対象の模擬授業へ。

刑法学、脳神経科学、地域社会学の3科目が同一時間帯でした。僕の地域社会論は35人で、刑法学はたぶん300くらいいたのではないかと思います。

とはいえ、何せ学部選択のための模擬授業だし、刑法学を見に行くのは極めて合理的な選択な気がするので、人数は気にしていません。

30人が最後の授業内アンケートに答えてくれましたが、その6割がSFC高でした。これは「そもそも今日はSFC高が多かった」のではなく、法学部の模擬授業で敢えて社会学を見に来るということに何かSFC的な特性があるのでしょうか。

とりあえず、満足度は高めで終えられてよかったです。

授業後に質問に来る生徒が3人もいて、そこまで含めて模擬授業感がありました。高校生たちは質問する前に、どうにか感想を言語化しようとしているところが、初々しさや清々しさが感じられました。

写真展「変わらないもの、変わったもの、変えたもの」

2018年度の「コミュニティマネジメント特論」の成果として、2019年7月15日より8月11日まで、総本山醍醐寺(世界遺産)霊宝館にて写真展「変わらないもの、変わったもの、変えたもの」を開催いたします。

同一の会期・会場にて本学文学研究科学生による町石調査の成果を示すパネル展示も行われます。どうぞ足をお運びください。

伊勢講調査

慶應義塾大学には学事振興資金という研究費があり、今年度はこれに採択されました。

  • 「住民自治組織の制度化に関する研究―滋賀県栗東市の講から自治会までの調査を基に―」(研究代表:笠井賢紀/単独)

伊勢講に関する研究は無数にあります。本研究では信仰集団や親睦集団としての性格ではなく、住民自治組織としての講の性格に着目した研究を進めてみたいと思っています。

調査地域で伊勢講の勘定帳を中心とした史資料をお借りしたので撮影していきます。その後、翻刻したり表にまとめたりしながら、研究の糸口を探っていく作業です。

どこの地域にでもあるものの、なかなか活用されていない史資料をどう活用して地域社会の分析に活かすかという資料活用法や情報処理法の議論も深めていきたいものです。

千年村プロジェクトの「疾走調査」(伊豆)

千年村プロジェクトの「疾走調査」に参加させてもらってきました。今年は伊豆が舞台です。

◆千年村プロジェクト
http://mille-vill.org/

僕は基本的には「地域に入り込んで、数年間掛けて人間関係を構築し、人生史を中心とする聞き取りで地域社会を描く」という方法をとる研究者です。

今回の疾走調査は事前に担当の学生たちが訪れる「郷」の地形図などから読み取れる情報を見開きにまとめた「野帳」なる資料をもとに二日間で10地域を駆け抜けるように調査するものでした。

そういう意味では、普段の調査とは真逆です。

そういえば、今週、お邪魔させてもらうゼミでは「調査地被害」がテーマのようですから、そういう観点からも少し気になっていました。

ただ、実際に参加すると疾走調査は、無理に聞き取りもしませんし、写真撮影や立ち入りなども(時間も限られていますし)節度のある範囲で、まさに疾走する感じです。また、資料を貸してくれた方にはすぐに礼状を書くように「大人」メンバーが助言するなど、配慮も行き届いているように思います。

50人が10台に分乗して回るので「いったい何が起きているのだろう」と思われる向きもあるかもしれませんが、学生たちは千年村のパンフレットを持っていて調査の主旨も丁寧に説明しているので、誤解が生じることは少なそうです。

建築やランドスケープを専門とする学生たちに、アプリの使い方や地形図の読み取り方、建物の特徴についてなど教えてもらいながらの楽しく学びの多い旅でした。

とはいえ、僕は直接にはあまり役に立てることがないというのも痛感し、修行が必要です。植生も建築も都市計画も文化財も宗教も農業も生態もわからんのです。

ただ、2日間の旅と、今日の会議(成果報告会)のやりとりで思ったのは、もしかすると自治や行政の観点からもう少し勉強すると僕にもできるようになることがある気がします。

たとえば財産区の話は報告者もピンと来ていないようでした。所有権の話も含めてこのあたり知っておくのもいいかもしれません。

また、自治体も自治会も僕の認識では「本当は境界線が引けない」領域を持っている(自治体は議論の余地があるとして、住民自治組織は実は地図上で表せるものではない)ので、「郷の比定」なる作業自体を斜めに見ながら動いてみるのもいいかもしれません。

早稲田大・千葉大・都市大・慶應大(SFC)はじめ、参加者の皆様にお世話になりました。最後に初参加ということでご挨拶の機会までたまわりました。今後も関われるといいなあと思っています。

大地の大学第1回定例研究会

5月19日は三田に戻ってきて大地の大学第1回定例研究会でした。5名が参加され議論しました。大地の大学は現場の知と制度化された知の架橋を目指している集団ですが、同書までの過程はまさにその架橋を意識したものだったとも位置付けられます

特に私の本では、「住民自身による調査」を推奨していますし昨日のシンポジウムではそれに大学や博物館が協力するというスタイルを唱えました。

ただ、今日の議論では、特に質問紙調査については設計にそれなりのトレーニングが必要で、慣れない人は結論誘導的な設計になりがちであることなどが指摘されました。たしかにそういう側面もあります。

今は同じ地域では「栗東市の伊勢講からみる地域社会」を目指して伊勢講に関する史料の収集・整理を試みているところです。左義長と全く異なる民俗を、似たような切り口から見てみようと思っていたのですが、異なるとはいえどうやら「関係がない」わけではなさそうなので、関係性を明らかにするのも楽しそうです。

また、伊勢講の調査では現在の自治会につながるような住民自治の機能がどこにあったのかという観点でも調査研究を進めます。

『栗東市の左義長からみる地域社会刊行記念シンポジウム

5月18日は国際博物館の日です。その事業として栗東歴史民俗博物館と龍谷エクステンションセンターが博物館で拙著の刊行記念シンポジウムを開催してくれました。

会場には60名近い参加者がきてくださいました。関係者も合わせると70名ほどでしょうか。半分近くの来場者が知り合いで(終了後にバタバタしており直接ご挨拶できなかった方も多かったのですが)、他方半分近くは初めての方達で、こういう機会は貴重だなあと思いました。

講演は基本的に同書の解説をしたのですが、やはり、その後に行われたパネルディスカッションに学ぶところが多かったです。拙著の意義がどこにあるのか、ということについて土居先生や栗東歴史民俗博物館の中川学芸員からのご指摘を受けてようやく自分でも言語化できるようになってきました。

それは、「栗東市の左義長」が決して「特殊事例」ではない、いわば「ふつう」の事例であるということです。私は拙著によって「栗東市の左義長はすごいね」などという特殊化の文脈に載せられることをむしろ危惧しています。

登場人物も事例も、僕にとっては個別で特別ですが、それぞれが研究対象としての特殊性を有しているか、あるいは、有する必要があるかというと、そういうことではないように思います。

研究対象としての好適性はなんらかの側面で言語化したほうがいいと思いますが、それは必ずしも特殊性、先進性でなくてもいいはずです。学生の頃から人生史を紹介するたびに「この対象者はどう特別なのですか」というような質問は少なくなくその度こうした受け答えをしていたこととも重なります。

「ふつう」の事例を丹念に読み解こうとする作業の積み重ねにももう少し光が当たるようにしたいものです。滋賀における左義長研究が、近江八幡の左義長研究でなければならない理由はどこにもありません。栗東の左義長も十分に研究対象です。

同書では、調査過程について後悔していることも含めて詳らかにしています。読んでいただけると、つまづいたことや工夫した点がわかるはずです。

追記

中外日報に当日の様子が掲載されました。

龍谷大学退職

本日付で7年間務めた龍谷大学を退職いたしました。

今月29日には深草学舎の顕真館で退職教職員の辞令交付式に参加してきました。重誓偈のあと、一人ずつ辞令交付を受け、学長から全員へのご挨拶をいただいた後、花束もちょうだいしました。

15年間お勤めになって定年退職される荒田寛先生と、7年間勤めて割愛による依願退職をする僕とのツーショット。「やっぱり笠井先生は来るよね」「これからは二人とも非常勤だね」「今日は来てよかったね」と荒田先生に声を掛けていただきながらの短くも、(会場が顕真館だし)身の引き締まる時間でした。

4月からも龍谷大学では社会学部非常勤講師(参画ゼミナールIII・IV、卒業研究、コミュニティマネジメント特論)と里山学研究センター客員研究員として働きます。

左義長に関する書籍について滋賀報知新聞・京都新聞掲載

本日、滋賀報知新聞と京都新聞にて拙著『栗東市の左義長からみる地域社会』について記事が出たようです。

記事リンク(滋賀報知新聞)

同書では、昭和末期に行われた民族調査、笠井准教授が行った住民の人生史調査、栗東歴史博物館と共同で行ったアンケート調査の3調査の結果を網羅し、神事としての姿だけでなく、正月飾りを処理するための地域システムとしての機能や子どもたちが地域に参加する機会であることなどを紹介し、左義長実施に伴う課題や地域社会とつながる機会の重要性を示している。

滋賀報知新聞(2019年3月28日「栗東市の左義長」)
京都新聞「左義長で伝統行事継承探る」

笠井准教授は、神事や伝統といった性格のほか、子どもが社会に関わる機会を生んでいたと指摘し、「子どもたちの主体の行事にすることができれば、今後も長く継続する可能性がある」と提案している。

京都新聞(2019年3月30日「左義長で伝統行事継承探る」)

▼サンライズ出版による記事紹介

福祉フォーラムシンポジウム「自分たちでつくる福祉」主宰

今日は龍谷大学福祉フォーラム20周年記念シンポジウム「自分たちでつくる福祉」を開催 しました。(本日は20周年を振り返るような内容はしていません。)

高成田健さんからはワーカーズコープの沿革、理念、現状、展望について過不足なく丁寧に整理して報告いただき、田中さんからは滋賀県での実例をご紹介いただきました。

中西大輔さんからは、地方創生と共生支援との関わり、そこにおける自治体の役割、そして滋賀県内の「雇われない働き方」の事例をご説明いただきました。

後半の司会は佐々木聡さんにお願いしました。

パネルディスカッションの進行にあたり、佐々木さんからは、ワーカーズコープや雇われない働き方が、これまでバラバラだったものをつないでいく働きをしていると整理がありました。その上で、自助・互助の基盤が弱まっているという現状認識についてと、ワーカーズコープの意義についてパネリストに問われました。

制度、実践のいずれも新たに学ぶことばかりでした。思いっきり福祉分野にかかわることでありながら、福祉の領域(どこ?)で十分に認知・議論されているとは思えない労働者協同組合の話題ですが、その基礎から最新動向まで幅広く学べるいい機会になりました。

なお、シンポジウムの副題に「雇われない働き方」とありますが、今般の労働者協同組合の法制化の議論では、「雇用」の関係になっています。つまり、「労働者協同組合=雇われない働き方」は法制化の議論においては、不正確ですのでご留意ください。

左義長に関する書籍について中日新聞掲載

先日(2019年3月13日)、滋賀県庁にて『栗東市の左義長からみる地域社会』について、版元のサンライズ出版と、所属先の龍谷大学とともにプレス発表を行いました。

▼龍谷大学によるプレスリリース

その発表を受け、中日新聞が本日(3月17日)朝刊にて記事を掲載しています。

著書では、伝統的行事としてだけではなく、子どもたちが地域社会とつながりを持つ機会や、思い出作りの場として存続させていくことを提案している。

笠井准教授は「左義長を通じて、どこの地域にも共通する課題が発見できると思う。地域を元気にしたかったり、伝統行事を残すことに苦労していたりする人に、読んで欲しい」と話した。

中日新聞(滋賀県版)2019年3月17日朝刊 「栗東の左義長」まとめ1冊に

▼サンライズ出版による記事紹介

『栗東市の左義長からみる地域社会』刊行

2019年3月5日付で、初の単著となる『栗東市の左義長からみる地域社会』が刊行されました。本書はいわゆる一般書で、できる限り平易な書き方に努めています。

他方、内容としては3種類の調査過程・結果を詳細に記し、先行研究も踏まえて考察を加えているという点で、学術的な作法に則って著したものです。

小正月に長い竹を組んで立て正月飾りを燃やす左義長(どんど)と呼ばれる行事は、今も全国各地で行われている。

その一つである滋賀県栗東市で、個人に対する生活史調査と全123自治会に対するアンケート調査を実施、民俗調査の知見もいかし、社会学(地域社会論)の観点から、左義長の意味と役割と考察する。

『栗東市の左義長からみる地域社会』カバー裏より

出版に際しては、滋賀県(彦根市)で永年にわたり滋賀県に関する優れた書籍を多数出しているサンライズ出版に企画書を出し、同社のシリーズ「別冊淡海文庫」に第26巻として加えていただくことができました。同社は自費出版でも実績ある出版社ですが、今回はいわゆる自費出版ではありません。

また、地域づくりに力を入れているクラウドファンディングのプラットフォームFAAVOの「FAAVOしが」で関連する募集を行い、無事に目標を達成しました。会計報告等は次のレポートに記しています。

▼出版と返礼のご報告

ご関心を持っていただける場合、ぜひ購入して読んでいただければと思います。

福祉フォーラム専門セミナー「各市町家庭児童相談室・県子ども家庭相談センター共同研修~語りから未来を紡ぐ~」主宰

本日、龍谷大学福祉フォーラム第20回専門セミナーを無事に終えました。たいへんお忙しい中、多くの皆さんが来てくださってありがたいことです。

この研修も3年目になります。児童相談所と家庭児童相談室の職員が合同でこれだけの人数、一同に会し、業務と直接の関係がないワークショップ形式で大学が主催する研修を受けるというのは、かなりめずらしいケースなのではないかと思います。

山田容・福祉フォーラム会長から20分ほどのイントロダクションをいただいた後は、2時間に及ぶワークショップです。はしゃがず、「わかった!」気にさせず、「なんかいい感じ」に終わらせない、そういうワークショップにできた気がします。

「すっきりしないモヤモヤ感」は抱えつつも「ワークショップを通じて考えることは皆わかる」という状況を目指していたのですが、きちんと、皆さんに気持ち悪さを持って帰っていただけたようです。

アンケートについても、いくつかご紹介しましょう。

研修のご感想

とてもよかった 19名
まあまあよかった 9名
どちらともいえない 0名
あまりよくなかった 0名
わるかった 0名

自由記述欄(抜粋)

・ワークショップで自分の思考の枠をこえられる経験ができて楽しかった
・スッキリしないままの終わりでしたが、非常に現実的な内容でした
・年々ワークが充実していくように思います
・聴く仕事をしている私の話を聴いてもらえ、単純にうれしかったです
・先生の語り口もやわらかくとてもゆったりとした時間が過ごせました
・発表するのに時間を追われるのではなく、人の話を集中して聞けたし、話もできたのでいろいろなことを考えることができました
・あまり卑下しないほうが気持ちいです。謙遜は無用です。

【終了】クラウドファンディングへの挑戦を開始!

[追記]クラウドファンディングは無事に目標を達成し、書籍も刊行されました。

2016年から調査をしている滋賀県栗東市の左義長についてクラウドファンディングへの挑戦を始めました。ご支援がない場合にも書籍は刊行しますが、調査過程でお世話になった方たちにも本をお贈りしたく挑戦します。詳しくはサイトをご覧下さい。

安養寺景観まちづくり協議会アンケートプロジェクト始動

滋賀県栗東市の安養寺まちづくり協議会ではこれまで、講演やワークショップの講師をしたり、ゼミ生とお祭りを手伝ったりしてきました。

同協議会では、協議会への参加住民をもっと増やしたり、関心をもってもらたりしたいという考えをもっています。ただ、住民がどのようなまちづくりを望んでいるかがわからない。そこで、調査をしようということになったそうです。

自分たちで調査したいという市民調査の発想に私も共感し、講師としてお手伝いすることにしました。6,7月の全4回(1.5時間ずつ)でアンケートの設計フェイズを行い、夏に実施フェイズの予定です。

今日はオリエテーションということで、アンケート調査についての基礎的な確認を行い、簡単なアンケート作りを試してもらいました。

今回は事務局との事前調整が不十分で、私の想定したのとはかなりイメージの異なる堅い会議・研修のようになってしまいましたが、徐々にほぐしていければいいと思っています。

日本生活学会第45回研究発表大会

日本生活学会の理事会、総会、第45回研究発表大会が母校のSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で開催され、参加してきました。

理事会・総会では理事に選出され、事業委員と情報委員を兼任することになりました。また、総会では2018年度生活学プロジェクトとして次のものが採択された旨のご報告・承認を受けました。

  • 笠井賢紀・粟井俊貴「新しい食と旧い食:吉備中央町のハラルフードと郷土食を事例に」

研究発表大会では、単独で口頭報告、ゼミ生2名と連名でポスター報告を行いました。

  • 笠井賢紀「滋賀県栗東市における左義長の変遷について ―昭和末期の民俗調査との比較を通じて―」
  • 玉田遼河・冨永燦子・笠井賢紀「滋賀県左義長に見る民俗行事の空間的変遷」

いずれも、2017年度生活学プロジェクト「左義長の社会的機能と空間的変遷に関する研究(滋賀県栗東市)」の成果報告です。昨年度の報告では栗東市の2地区のみでの検討でしたが、今回は市全域(121地区)に広げて調査を行い、昨年度報告の内容が検証できました。

久しぶりのSFCに、ゼミ生たちと一緒に行けて楽しいひとときでした。

2018年度京都世界遺産PBL合同オリエンテーション

京都世界遺産PBL科目の全体オリエンテーションが開催されました。

今年度は修了生からの講演もあり、宗本クラスの修了生に続き、この「醍醐寺×龍谷大学」クラスからもメンターの德田さんが登壇しました。德田さんはこれまでの体験や受講生へのメッセージをわかりやすく伝えてくれました。

受講生を翌年度に有給スタッフであるメンターとして雇用する仕組みについては、拙論をご参照いただきたいのですが、このPBL科目でも本クラスの取組を元に一定の制度化が進められました。

  • 笠井賢紀(2017)「地域協働教育によるコミュニティリーダーの育成 : 京都世界遺産PBL「コミュニティマネジメント特論」を事例として」龍谷大学社会学部紀要,50, 50-61

全体の交流会やクラス別講義では仲田順英部長(醍醐寺)との懇談や、部長からのご挨拶をたまわり、渡邊慧海師から年間の行事等について教えていただきました。

お話しをうかがう中で、進取の精神で常にそれぞれの時代の先端を走ってきた醍醐寺が、「生かされてこそ文化財」を掲げ、文化財の保存に留まらず(それだけでも大変なことですが)、広く利活用に道を開いてきたことについても、その一端を学生たちが理解出来たと思います。

第1回早稲田社会学会・三田社会学会合同研究例会

昨年、三田社会学会に入会しました。三田社会学会からのお報せで「早稲田社会学会・三田社会学会合同研究例会」が開催されると知り、早稲田大学戸山キャンパスに行ってきました。

三田社会学会ウェブサイトの「おしらせ」コーナーからプログラムをコピーしておきます。

第1報告 報告者:髙橋かおり(立教大学・早稲田社会学会)
「文化政策から見たプロフェッショナルとアマチュアの境 界――芸術家の定義をめぐって」
討論者:森山至貴(早稲田大学)

第2報告 報告者:後藤一樹(慶應義塾大学・三田社会学会)
「〈漂泊〉と〈定住〉の交響史――四国遍路のクロス・ナラ ティヴ研究」
討論者:有末賢(亜細亜大学)
司会者:熊本博之(明星大学)・岡原正幸(慶應義塾大学)

3時間(一人1.5時間)の予定でしたが、3時間半以上にわたりました。フロアからの質疑も相次ぎ、たいへん贅沢な時間で報告者がうらやましい…。

若手研究者の交流を図る機会として、今回が初回だったということも会場で知り、貴重な機会に立ち会えた気がします。

今週は、大橋香奈さんの「移動する『家族』」や、東ドイツ映画「引き裂かれた空」の上映会も開いたばかりだったので、特に第2報告(後藤一樹さん)は印象に残りました。作られた映像も全編そのまま報告内で視聴できたのも、長時間の報告が許される研究会だからこそですね。

『リタの恋は国境を越えて―東ドイツ映画が描く人の移動と共生社会の変容―』

龍谷大学社会科学研究所の2018年度第1回月例会として、映画上映会&パネルディスカッション『リタの恋は国境を越えて―東ドイツ映画が描く人の移動と共生社会の変容―』を開催しました。上映作品は「引き裂かれた空」(1964年、監督:コンラート・ヴォルフ、原作:クリスタ・ヴォルフ)です。

本会は共同研究「共生社会・共生経済の構築に向けた研究と実践」プロジェクト(代表:笠井賢紀)によるものです。

ドイツからいらしたMriko Wirmann氏(ドイツキネマテーク専属研究員)による映画の背景や現在の受け止められ方に関する解説、同作が難解である背景への言及もあり、同作の見方が広まりました。

また、法政大学名誉教授の山根恵子先生(同作の字幕も担当)は通訳を務めてくださっただけではなく、字幕制作におけるさまざまな話題もご提供くださいました。

主催者である私たちの共同研究からは、松本章伸さん(ディレクター)に映像の専門家としてパネリストになってもらいました。このおかげで、ドイツ映画という文脈に留まらずさらに深い議論が展開できました。

学内者を中心として50名の来場者にお越しいただきました。フロアからの質問も相次ぎ、時間を超過しての熱いディスカッションが交わされました(その関係で最後まで参加できなかった皆様には申し訳ありませんでした)。

私は主催プロジェクトの研究代表として閉会の挨拶を行いました。その中で、次のようなことを話しました。

今回の映画から、分離・分裂や閉塞感の描写を取り上げ「この時代は共生社会では無かった」という一般的なまとめもできるかもしれない。だが、それは「共生」を無前提に良いもの(理想像)として捉えてはいないか。「共生」は常に他者の存在を必要とする概念で有り、「他者と共に生きられる」ことだけではなく、私たちが引き受ける「他者と共に生きざるを得ない」状況をも指している。

さて、本作がリタの成長譚であることや、本作における時間軸の複雑な交錯について、ヴィアマンさんや山根先生から解説があった。そのことを踏まえると、本作はリタにおける複数のリタの共生の物語とも読める。作中で善悪や正しい・正しくないの二元論へのリタの批判的なセリフもあるし、松本さんが「曖昧さを受け入れる」ことについて示唆を下さった。リタも私たちも、人生を語るときに時間や考えが交錯することはむしろ当たり前だし、それでもなお、一人の人生を歩んでいる。(他者との共生同様、複数の自己観との共生もまた、共に生きざるを得ない状況下にある。)

そして、リタの人生(あるいは成長譚)は、リタが生きる社会とは無縁ではない。リタの人生には「社会が埋め込まれている」という観点からは、ヴィアマンさんや山根先生が解説されたような、当時のドイツに関する理解を要するし、あるいは逆に、リタの人生から当時のドイツについて知ることもある。

パネルディスカッションでは字幕に関する議論が多かった。字幕という翻訳の作業は、字句を日本語に(辞書的に)直していくという作業であるだけではなく、作品を理解するために文化・生活の異なる対象へとそれが伝わる工夫が不可欠だ。そうした点では、日本においても他者の人生史を理解しようとするとき、常に「翻訳」が不可欠である。今日の会で広い意味での「翻訳」も重要な、よりよい共生のための作法であると学ばされた。

参加者の感想の中には、パネルディスカッションを経ても依然として難解であったことや、本会のタイトル・副題(共生社会など)に関するディスカッションが聞きたかったとの声もあり、いずれも主催者としてもう少し工夫ができたかと反省しております。

そうした感想に触れると、今回は事務方に徹しましたが、ドイツも映画も専門ではない私自身が敢えて登壇してパネルに加わらせてもらうのも手だったかもしれません。

ご来場くださった皆様、ヴィアマンさん、山根先生、ありがとうございます。

上映会『移動する「家族」』(監督:大橋香奈)

5月15日から16日にかけて、慶應義塾大学の大橋香奈さんに龍谷大学へ来ていただきました。

大橋さんは研究の一環でドキュメンタリー『移動する「家族」』を作られました。

映像をただ上映するだけではなく、映像を観た人たちと家族について語らう場をつくる、という姿勢に私も共鳴しお呼びしました。

15日は笠井ゼミ、16日は講義「語りから未来を紡ぐ」と栗東市「かたつむ邸」、計3回110人あまりが観て語らうことができました。

映像では5つの「case」が、それぞれ登場する本人のナレーションで描かれます。本人も家族も移動し続ける家族もいれば、移動できない人もいます。

家族のありかたも範囲もいろいろあってよいのだと気づかせるものでした。

学生からの感想では「やっぱり家族って大事」というものもたくさんありました。私はむしろ、「家族はこうあるべし」あるいは「ふつうの家族」というような観念を相対化することにこそ、大橋さんの映像の意義があるように思います。

かたつむ邸では、子どもや孫がいる方たちで、家族観も(ほぼ例外なく20歳前後で子どものいない)授業の受講生たちとはかなり異なるものでした。

先祖代々土地に住む方からは「この地域を守らんといかんと思ってる」、「就職先も、この土地に残れるかどうかで選ぶ」という話も聞かれ、定住志向が印象的でした。

「定住」もまた、前提視され善き価値を与えられてしまいがちです。とりわけ、私が講義で扱う地域づくりの文脈では「家族」と「定住」が聖域的に基礎となっているように思うことがあります。

大橋さんも私も、自身が家族の移動を多く経験し、そのことが研究の一つの原体験になっていること、人生の語りから社会をみようとしていることなど、共通点がありました。

私は映像制作のような表現技法を持ち合わせていませんが、特に学生の真剣な眼差しや積極的なコメントをみると、こうした表現の魅力に気付かされます。

 

CM特論開講式@醍醐寺(2018年度)

2018年度の「コミュニティマネジメント特論」(京都世界遺産PBL科目 醍醐寺×龍谷大学)が始まりました。

キャンパスプラザ京都での2回の講義を経て、醍醐寺での開講式を開催しました。開講式では宗務総長によるご挨拶ののち、僧侶による境内(三宝院、伽藍)のご案内を受けました。

新緑の映える爽やかな天気の中、受講生は積極的に僧侶に質問をし、記録を取りました。解散後も、霊宝館の展示を見に行った学生も多かったようです(私もスタッフとともに昼食後に行きました)。

今年も過去の受講生をメンターとして2名雇用しました。3年1期の京都世界遺産PBL科目も今年で4年目、つまり2期目のスタートです。醍醐寺、大学コンソーシアム京都、明日の京都文化遺産プラットフォーム、メンターと手を携えながら新しい展開に向けて動きます。

第1回竜王町社協地域福祉活動計画策定委員会

竜王町社会福祉協議会の地域福祉活動計画策定委員会に、委員としてではなくアドバイザーとして、可能な限り参加するという形式になりました。

福祉専門家ではない立場から積極的に発言しようと思います。今日はneeds-orientedな発想で計画を作るのは注意を要するということをお話ししましたが、もう少しわかりやすく話せたのではないかと悔いてます。

委員長になられた住民さんが偶然知り合いで、僕もこの6年でだいぶと滋賀に入ってきたなあ、と感じます。

栗東市BBS会総会(2018年度)

(写真は野村・栗東市長Facebookより)

顧問を務める栗東市BBS会の2018年度総会に参加してきました。BBS会は非行抑止活動を主とします。

栗東市BBS会は2015年10月1日に20年ぶりに再発足した組織で、津田公子氏と私が再設立の共同発起人を務めました。

その後、毎週水曜日の中学生への学習支援、月に1度の子ども食堂など活動を展開してきました。「社会を明るくする運動」にも関わっています。

活動は保護司会、更生保護女性会との三者協働で行われています。このことについては、次のレポートをご覧下さい。

栗東市元気創造まちづくり事業成果報告会

栗東市元気創造まちづくり事業に関して、運営委員長と審査委員長を務めている関係で、補助金受給団体の活動報告会に参加してきました。

例年は各団体の口頭報告と審査委員会との質疑応答が淡々と進みますが、今回は私の提案で大幅に方法を変更してもらいました。

せっかく市民活動団体が一堂に会するので互いに助言し合ったり、交流したりという場にしようということで、ポスターセッション形式にしました。そのため、以前、ポスターセッションに関する研修でも講師を担当しました。

初めての試みなので「あまり人が来なかったら」、「ポスターがうまく作れなかったら」、「交流が盛り上がらなかったら」と心配は募りましたが、例年になく盛り上がり肯定的な感想を多く聞くことができました。

 

音カフェと五大力カフェ

2017年度の京都世界遺産PBL科目「コミュニティマネジメント特論(醍醐寺×龍谷大学)も終盤を迎えました。

毎年2月23日は「五大力さん」として親しまれる醍醐寺の法要を中心とした宗教行事があります。昨年度までの受講生たちが集まり、今年度の受講生と協力して「五大力カフェ」を霊宝館にて開きました。

五大力カフェは2016年度の受講生が企画・実施したものです。その後、家具も入れられカフェとして本格的に運営されてきたようです。

そして3月18日の午前中には醍醐寺子ども観光大使の子どもたちと「音カフェ」を今年度の受講生が開きました。

これは、子どもたちが醍醐寺境内を歩く中で「音」を見つけて録音して持ち寄り、それを元に語らおうという企画です。

醍醐寺は「真言」も含め音を重視する宗派であることや、目に見える特徴だけではないところに注目するといった点がおもしろい取組だと言えるでしょう。

もともと受講生は「哲学カフェ」を開きたかったようで、何をテーマに語らうかを長い時間掛けて検討してきました。

当日は持ち寄った音の発表をした後、醍醐寺の僧侶からの講話をいただくことで、一定のまとまりがついたようです。

音カフェの後には1年度間の締めくくりとなる「閉講式」を行いました。閉講式では一人ひとりの受講生が感想を共有しました。

今年度は、醍醐寺になかなか受講生が行かず、年が変わる前後でようやく動きがあったので心配していたのですが、学ぶことはいろいろとあったようです。

ゼミ5期生卒業

ゼミ5期生の2人が卒業しました。二人からは似顔絵をプレゼントされました。ありがとうございます。


卒業式では社会学部学会の「RONRON」という冊子が毎年配られますが、今年度は笠井ゼミから4件もの記事が掲載されたのでご紹介します。

◆藤村一樹(6期生)「りゅうカフェ@たなべ大学」
・和歌山県田辺市でゼミ生が1週間オープンしたカフェの体験記です。

◆西本陽向(6期生)「フィリピンを事例とした宗教と生活の関係」
・フィリピン実習に参加した後、単独で調査にも行った体験記です。

◆立石淳生(6期生)「コミュニティマネジメントの学びから実践へ:栗東市商工観光課 中小企業振興会議に参加して」
・市の会議に委員として参加した学生の体験記です。

◆粟井俊貴(4期生)「中山間地域における参加型行政を通した多様性の受容:智頭町百人委員会の事例から」
・2016年に政策情報学会で口頭発表を行ったことの報告です。

編集担当の先生にいろいろとコメントをいただいたのだと思います。ゼミ生が積極的に経験を共有したり言語化したりしてくれるのはとてもうれしいことです。

在バルセロナ日本国総領事館「日本のまちづくりセミナー」講演

日本とスペインは2018年に、日本スペイン修好通商航海条約締結(1868年)による外交関係樹立150周年を迎えます。これを記念してさまざまな事業が行われており、2018年3月6日には同事業の一環で「日本のまちづくりセミナー」(Jornada de Investigación: “Comunidades Locales en Japón: Personas, Memoria e Identitad”)が開催されました。

同セミナーは在バルセロナ日本国総領事館とバルセロナ自治大学翻訳通訳学部の共催によるもので、同学部の学生を中心とした約120名が参加しました。僕は短期国外研究員としてバルセロナ自治大学に訪問研究員として同地に滞在しており、ジョイ・ヘンドリー氏(オックスフォードブルックス大学名誉教授)、ブライ・グアルネ氏(バルセロナ自治大学准教授)とともに講師を務めました。

「Comunidad Local y Asociación de Vecinos (Local Community and Neighborhood Association)」という題目でスペイン語と英語を交えた約40分の講演を行いました。講演では、日本のまちづくり潮流や住民自治組織の類型を概括した後、日本の地域社会を支えるコミュニティ・ボランティアの役割、そしてそうした人材育成に果たす民俗の役割について事例を用いながら論じられました。会場からは、紹介された民俗行事における女性の役割や、高齢者を地域社会に参画させるための工夫についての質疑が出るなど、活発な議論が交わされました。

http://www.barcelona.es.emb-japan.go.jp/itpr_ja/machizukuri.html

竜王町「地域支え合いしくみづくりモデル事業報告会」

竜王町で「地域支え合いしくみづくりモデル事業報告会」のコーディネータ業務でした。

昨年、東国原氏をが招いて開いたシンポジウムでコーディネータをお引き受けしたご縁でのご依頼かと思います。

前半1時間は

・15分:から挨拶、趣旨説明、制度説明
・30分:(事例紹介+地区担当者コメント)×2自治会
・10分:休憩+コメントシート回収
(5分間は笠井の進行等で掛かった時間)

でした。事例紹介は自治会長が10分ずつ。短いかとも思いましたが、100人(自治会から50人、職員が50人…すごい)を前に壇上から話すのになれている方ばかりでもないですしね。

地区担当者は職員や社協職員です。竜王町社協からもコメントをいただきました。


コメントシートが3,4件しか集まらなかったらワークショップをやろうと思い、会場はアイランド形式で配置していたのですが…。たぶん50件以上集まったと思います。

というわけで、本来の「コーディネート」業務で、休憩時間中に質問を区分けして、後半40分掛けてできるだけ多くの質問を、聞いている人がつまらなくならないように整理しつつ一問一答で登壇者に聞いていきました。

ほぼ全件、書いていただいたものには触れられたはず。似たような質問はこちらで整理しつつ、書いた人自身には「あ、自分の質問だ!」と思ってもらえるようにするのがポイントです。

あとで職員さんに聞いたら「『あ、わしのや!』って喜んでいる人いましたよ」とのこと。


最後の10分でまとめ。制度の先進的なことや、報告自治会の捉え方の良さという話をしたあと、「さ・さ・え・あ・い」でアイウエオ作文をして締めました。

評価は会場の皆さんに任せますが(そういえば長も最初から最後までいらした)、とりあえず時間通りに、果たすべき異は果たしたかな。

会場にいらしたみなさんに感想きいたら、たぶん真っ先に出るのは「会場の寒さ」ですけどね。震えながら進行したのは初めてです。ステージ上の方が暖かかったらしいので、長もいらしたオーディエンス席はどれだけ寒かったことか。

学術関連ではないコーディネート業務はいろいろやって、だいぶ慣れてきた気がします(初めてやったのは甲賀市地域福祉フォーラムかな、懐かしの)。

国際教養大学視察

学部広報委員会による視察で秋田の国際教養大学に日帰りで行ってきました。

こちらの質疑に1時間ほど丁寧に答えていただいたあと、キャンパス内をご案内いただきました。キャンパス内に学生が住んでいるからこそ可能なことがたくさんありそうです。

特色や規模がかなり異なるので直接参考にできることは多くはないものの、広報文脈では特に関連職員の仕事の仕方に学ばされました。

学部や大学のパンフレットを作成するときには、取材や記事制作を業者に任せきりにしてしまうことが多いと思うのですが、国際教養大では取材に職員が同行しているそうです。そのようにして「生の声」に常に職員が触れていることは、広報コンテンツをよくすることに留まらない効果が望めそうです。

共生社会プロジェクト第2回合宿

龍谷大学社会科学研究所共同研究「共生社会・共生経済の構築に向けた研究と実践」(代表:笠井賢紀)の第2回合宿が無事に終了しました。

基調講演のほか、10件の研究発表がありました。共同研究員のほか、「大地の大学」メンバー、栗東市職員、龍谷大学生など20名を超す参加者で2日間にわたり「共生社会」について個別の研究報告をベースに議論を続けました


2月3日(土)

13:00 会場集合
13:00-13:15 自己紹介・趣旨説明
13:15-13:30 社研PJについての説明(笠井)

・研究計画 ・成果報告書類 ・次年度の予定 ・予算執行状況

13:30-14:20

(50分)

ゲスト講演 山本竜也氏(津和野高校 高校魅力化コーディネーター)

「高校魅力化と地方創生・共生社会

~まち唯一の高等教育機関を守るために」

14:20-14:55

(35分)

発表① 長谷川大介

「教育の魅力化による地域活性化

―隠岐島前教育魅力化プロジェクトを事例として―」

14:55-15:35

(40分)

発表② 市川顕

「地方創生ガバナンスーインターメディエイターとしての大学生ー」

15:35-16:15

(40分)

発表③ 竹山和弘

「地方自治体におけるまちづくり手法の転換」

16:15-16:55

(40分)

発表④ 内山大志(大地の大学)

「協働のまちづくりに向けて住民組織が果たした役割

―岐阜県不破郡垂井町を事例に―」

16:55-17:35

(40分)

発表⑤ 大谷尚之

「アニメ作品のロケ地におけるファンと地域の関係構築」

17:35-18:15

(40分)

発表⑥ 佐々木聡

「株主資本主義の構造的限界

ー組織と労働の構造転換と共生概念の導入ー」

2月4日(日)

9:00 会場集合
9:00-9:40

(40分)

発表⑦ 笠井賢紀

「序章 既に共に生きている社会で(仮題)」について

9:40-10:20

(40分)

発表⑧ 原めぐみ

「共生社会におけるケアと外国にルーツをもつ若者」

10:20-11:00

(40分)

発表⑨ 香川敏幸

「ひと・自然と共生社会における環境教育」

11:00-12:00

(計60分)

発表⑩ 山本純一

「「大地の大学」─共生社会の礎を目指して」

大地の大学に関する協議
12:00 おわりに(笠井)

2日目のお昼は Cafe salon Stillroomにて、さらに市職員の皆様も加わり、地方創生について意見交換がありました。Stillroom自体が、まさに共生社会において欠かせない交流を生む場となっているように思います。

 

その後、「うまのまち栗東」で、馬(ポニー)による 放課後等デイサービス PONY KIDS にお邪魔してお話を伺いました。

 

午後の部のエクスカーションは、竹山研究員はじめ栗東市職員のご協力のおかげです。たいへん学びのある2日間でした。新たなメンバーも迎え、2018年度は研究成果となる本の執筆に取り組みます。

2018年・早慶交流新年会(滋賀)

慶應には「三田会」という卒業生組織があり、卒業年次別のほか、職域別、組織別、地域別などいろいろに組織されています。

SFC卒業生にはよくある話かもしれませんが、僕はあまり三田会と縁が無く、これまで一度も卒業生の集いには参加してきませんでした。今年度、職場に塾員(慶應の卒業生)が赴任し来られて、いろいろお話しする中で新年会に誘っていただきました。

滋賀では「滋賀三田会」ではなく「近江慶應倶楽部」という名前の会があるのですね。新年会は例年、ここと早稲田大学校友会滋賀県支部とで共催されているようです。各25名ほどのご参加でした。

同じテーブルでも早慶、出身学部、卒業年次が入り交じっているため、ついていけないような内輪の盛り上がりになることもなく、多様な経験を持っている方との交流の場としていいものだと感じました。

2018年の関西合同三田会(10月20日)は近江慶應倶楽部が実行委員会を務めるようです。

福祉フォーラム専門セミナー

雪が降り続く中、ずっと屋内で「福祉フォーラム専門セミナー」を行っていました。

山田容先生(現代福祉学科)の挨拶とアイスブレイク30分、私のワーク2時間半(休憩10分)というなかなかの長さです。


昨年度の専門セミナーでは、互いの共通点、特に共通の悩みや経験があることに気づきを得て「共感」を育むことを目指しました。

今年度は、昨年度の参加者も多いということで内容の重複を避けステップアップできるように、互いに異なる点、異なる価値観に気づきを得て「対話」の難しさと重要性を知ることを目指しました。


参加者アンケートの中には「今後も合同研修には参加したいが、この内容なら来たくない」、「謙虚な問いかけをしなければならない理由がわからない」という私にとっては辛辣なものもありました。

とはいえ、「他者の違いを認めつつ、自身の考えをしっかり伝えることが重要である」という内容のワークショップですから、そうしたことがきちんと体現できている方なのだなあと思いつつ読んだのでした。

かなり現場でお忙しい専門職の皆さん向けのセミナーだったので「時間を割いてきたのに、こんな内容か」という期待とのズレがあったのだろうと思います。「悪かった」が上記1名、「どちらともいえない」が2名いらっしゃったので、3名の方には申し訳ないことをしました(参加者48名)。


とはいえ、ほかの皆様には研修を良かったと評価いただき、「再び参加したい」方も9割超えなので、たとえば事業評価的な文脈でいえば、合格点かな。

前年度は「他者との共通点を探す」ことが通底するテーマでしたが、今年度は「他者との違いを探す」ことがテーマでした。

2年連続で参加された方も多く(アンケートでそれは聞けばよかった)、ワークを変えざるをえなかったのですが、変えてよかったと思います。

りっとうミツケーター映像プロジェクト

(記事は龍谷大学ウェブサイトより転載)

1/20(土)、昨年の7/29より取り組んできました「栗東市PR動画制作プロジェクト」の中間発表会(試写会)を開催しました。

「栗東市PR動画制作プロジェクト」は、栗東市と本学が2017年7月11日に締結した「栗東市と龍谷大学との連携協力に関する協定書」の協定に基づく連携事業の第一弾で、本学からは、同市でまちづくり活動に取り組み各種委員を務める笠井賢紀准教授(社会学部コミュニティマネジメント学科)と、現役ディレクターでもあり映像論を担当する松本章伸特任講師(同学科)が同プロジェクトの講師として参画してきました。

本プロジェクトは、「「発見」×「発信」街の魅力を映像で表現!」と題し、栗東の魅力を発見・発信する市民「りっとうミツケーター」と龍谷大学生のコラボによるCM動画制作プロジェクトです。プロジェクト参加者にとっては、専門的な知識・技術をワークショップで学びながらクリエイティブなまちづくりの現場に参加し、完成したPR動画をBBC(びわ湖放送)で放映される、という利点があり、約6ヶ月もの間、栗東市民、龍谷大学生あわせて約40人がCM制作に取り組んできました。

<全体スケジュール>
7/29(土) 講義・ワークショップ「まちの魅力って?」(講師:笠井賢紀)
8/9(水)  BBCスタジオ見学  ※希望者のみ
9/2(土)  講義「まちの魅力を映像で伝えよう」(講師:松本章伸)
9/23(日)  バスツアー「まちの魅力を探しに行こう」(講師:笠井賢紀)
10/12(日) 講義「まちの魅力をPR動画にしよう」(講師:松本章伸)
11/25(土) 撮影日(各グループにて市内撮影)
※5つのグループがそれぞれ別日にも集まり撮影や編集作業を実施
(2018年)1/20(土) 中間発表会(試写会)

今回の試写会では、6グループが制作したCMを試写すると共にグループの代表者が映像についての概略説明、笠井准教授、松本講師からのコメントと参加者からの意見をその場でフィードバックする形式で実施されました。グループごとにそれぞれの視点で栗東の魅力を伝える映像をつくり上げられ、半年間の取り組みの集大成を30秒のCMという形でみごとに表現されていました。

<CMテーマ>
Aグループ:栗東探検だくり!
Bグループ:だから私は今ここにいる
Cグループ:帰りたくなるまち!栗東
Dグループ:すんでよかったまち栗東
Eグループ:うますぎる栗東
Fグループ:ええ感じみんなの栗東

今後、試写会におけるフィードバックコメントを基に各グループで最終調整をおこない、2月にCM映像が完成します。完成したCMは栗東市のHPで公開されるほか、BBCやKBS京都にて放映される予定です。

 

社会共生実習報告会と2018年度に向けて

2017年度から授業が開始された龍谷大学社会学部の「社会共生実習」で「能美の里山生活史プロジェクト」というクラスを担当しています。

この科目は社会学部の学生であれば学科を問わず受講できるもので、社会学科5名、コミュニティマネジメント学科1名の受講生がいました。2012年からつながりを持っている石川県能美市の仏大寺町という10件ほどの小さな集落にご協力いただきました。

夏の調査時も秋の再訪時も、仏大寺の皆さんは学生を暖かく迎えてくださり、調査だけではなくよい交流ができました。生活史調査というにはまだほど遠く、浅くプロフィール程度に人生をうかがって冊子にまとめたという段階ですが、多くの受講生が次年度も継続受講するというので、深めていきましょう。

次年度(2018年度)は、合わせて岐阜県の揖斐川流域にもフィールドを展開します。そのうえで、「里地里山での暮らしとは」ということを学生と一緒に探求したいと考えています。

情報処理実習ポスター発表会

2016年度からコミュニティマネジメント学科の情報処理科目をコーディネートし、自分自身も授業を担当しています。

ただMicrosoft Officeを使えるようになることを目指す授業は、受講生にとってつまらなく、時間の無駄になりがちです。

本学科では「地域で活用できる情報処理」を念頭に、チラシやポスターづくりも含め楽しみながら苦手意識を克服するような工夫を随所に取り入れて授業をしてきました。

特に自己申告制による習熟度別クラス分けは奏功し、各自のレベルにあった進度になるため「終わっているのにずっと待たされる」とか「理解できていないまま置いて行かれる」ことが格段に少なくなりました。

今年度は、4クラスの受講生を混ぜて30のグループを作り、期末にポスター発表をしてもらいました。学部生から学会に挑戦する学生も学科には毎年いますし、地域でもこうした方法は活用できます。テーマの設定、調査、プレゼン態度など課題は多いですが、一回体験することができてよかったです。

2019年度も新たな取り組みを行います。

コミュニティ論『基礎ゼミ社会学』を使って

昨年出版した『基礎ゼミ社会学』を「コミュニティ論」の教科書として使用しました。

コミュニティマネジメント学科は社会学部にあり、卒業すると学士(社会学)が授与されますが、社会学について1学期かけて学ぶ科目がほとんどありません。使い方を工夫すればコミュニティ論の基礎的なことも教えられるかと思い教科書を活用してみました。

自分が編者として関わっているので各章の内容はよく理解しています。第1週から第14週までで、毎週1章ずつ、飛ばすことなく扱い、無事に終えることができました。学生は第2週以降必ず、予習課題として各章の「ワークシート」を埋め、授業開始時に回収されます。

授業では各章の流れに沿って教員が用意した補足資料を用いて解説をしたり、グループワークを行います。最後に10分ほどの長い時間を取ってコメントシートを書いてもらい、翌週の冒頭(課題回収の直後)にコメントシートで寄せられた感想や質問に答えていきます。

各章には「ホームワーク」があるので、期末レポートを「いずれかの章のホームワークを行うこと」としました。ただし、感想文ではなくレポートにすること、参考文献を2件以上用いることを条件としました。第13回授業で回収し、第15回授業で全レポートに採点結果とコメントを返すという手順です。

授業は丁寧にすすめ、レポートの書き方(特に引用のルール)についても時間を割いて教えました。それでも受講生の4分の1にあたる12名もの学生が、レポートの書き方を誤ったり、インターネット上からコピー&ペーストのつぎはぎを提出してきて「0点」とせざるを得ず、たいへん残念に思いました。

次年度(2018年度)からはコミュニティ論を担当しないので教科書を活用する授業がありませんが、なかなか使い勝手が良く、担当教員の工夫次第で柔軟に使えそうなので今後も機会をみつけて活用していきます。

まちづくり論政策コンペ(栗東市連携)

2016年度から「まちづくり論」は、現役の栗東市職員・竹山 和弘さん(博士(文化政策学))と私の共同開講です。

今年度は、最終課題が「栗東市に空き家問題について政策提言しよう」というテーマでした。

他学科、他学部、他大学の学生も半分いる中でグループワークは大変だったと思いますが、どのグループもなかなか楽しかったです。なにより、プレゼンが丁寧でよかった。

1つのグループには、当日審査員としてお越しいただいた課長より、住宅課長賞(非公式)として、栗東記念品の詰め合わせが贈られました。

写真は学科助手で、当日審査員も務めてくださった 越浦 真依先生にいただきました。


これまで、竹山先生には15回中5回を担当いただきましたが、次年度(2018年度)は15回中10回を担当いただきます。

竹山和弘先生の著作が出版されますので、ぜひお読み下さい。

 

栗東市元気創造まちづくり事業サポート講座

栗東市には元気創造まちづくり事業という、市民提案事業に助成金を交付する事業があります。この事業は、単に助成金を交付するだけではなく、活動サポート講座として、申請書の書き方や報告プレゼンの仕方の研修が受けられる特徴があります。

私は同事業の採否について審査委員長を務めており、毎年、審査会と成果報告会で講評をしてきました。いずれも団体の発表が5-10分程度、審査員の質疑が10分程度をひたすら繰り返す半日がかりのものです。委員長になった当初は、ご自身の報告が終わったら変えられる方も少なくなく、毎年、「ぜひ最初から最後までご一緒に」と呼びかけてきました。今では、多くの方が最後まで残ってくださいます。

ところが、以前から、そもそもこの方式とてももったいないと感じていました。市をよくしようと活動されている「同志」が一同に会しているのに、互いの活動については5分くらいしか聞けない。審査員は公益性の担保などの視点から審査的なコメントをしなくてはならない。こうした場を半日以上、ただ座って聞いているだけ。それを「耐えてください」というのではなく、もっと交流し、活動をつなげるネットワーキングの場にできないか。

そこで、基金の運営委員会(同じく私が委員長です。)に、成果報告会を大幅に変更しポスターセッションにすることを提案したところ、認めてもらえました。ポスターセッションは学会発表ではよく取られる方法ですが、報告者同士の交流が容易で、かつ、関心の有無に応じてコミュニケーションに濃淡をつけられます。


これまで成果報告会の事前研修を担当してくださっていた講師はポスターセッションになじみがないということで、私が事前研修を担当することになりました。

事前研修には全団体が参加し、真剣な態度で臨んでくださいました。

プレゼンテーションはそもそも「情報を伝え、相手に理解してもらう行為」、つまりコミュニケーションなので、一方的に話して終わってもダメだという基本的なことから始め、ふだんの報告形式とポスターセッションの特徴をそれぞれ伝えました。

できれば事前研修自体を交流機会にしたかったのですが、それは叶わず残念でした。報告会は2018年3月21日に開催予定です。

福祉フォーラム共生塾(栗東市共催)

龍谷大学福祉フォーラムで年1回開催される共生塾がありました。数年ぶりに私が企画の中心的な担当者になりました。「福祉フォーラム」なので福祉分野の内容が多いのですが、私も副会長として運営委員会に入っているので まちづくり分野の内容もたまに提案することにしています。

会長(山田容先生)と雑談をしているときに、厚生労働省の「我が事・丸ごと」地域共生社会という構想を教えていただきました。「他人事・専門分野ごと」という福祉状況を超えるために地域資源を活用していこうという主旨だと私は理解しています。

ここで活用しようとしている地域資源、確かに日本は多くのボランティアのお陰でかなり豊かなものがあります。私が公的民間ボランティアと呼んでいる、保護司や民生委員・児童委員といった制度の歴史と参画人口の多さはいずれも他国と比較しても優れたものであろうと思われます(制度比較の研究もしたいものですね)。

ただ、それらの公的民間ボランティアが高齢化と欠員の問題を大きくしていることも事実です。「地域社会が生活の基盤でありその維持には成員自身のボランタリーな参加が不可欠である」というような理解(これは公共益を希求する「市民」とはまた異なる、私益の延長線にある共益を求める人の像か。)自体が共有されづらい時代において、無前提に「善きもの」として提示される地域共生社会構想には疑義をもちます。


今回の福祉フォーラム共生塾では、政府・政策批判ではなく、今、地域社会を支えるボランタリーな人たちはどのような取り組みをしているのか、どのような課題を抱えているのかという素朴な視点で企画しました。

http://rec.seta.ryukoku.ac.jp/welfare/project/kyousei/20180113.html

その際、昨年7月に包括連携協定を結んだ栗東市との連携事業として、栗東市に会場や人選、告知等の面で多大なる協力をいただきました。

私は総合司会と、事例報告後の質疑応答でのコーディネータおよび「まとめ」を担当しました。

最初に、同じく福祉フォーラム副会長を務める岡野英一先生(現代福祉学科教授)に、地域共生社会構想の概要と、栗東市の福祉状況について基調講演をいただきました。

次に事例報告を3件。更生保護三者協働を実践している栗東市BBS会、「かたつむプロジェクト」と協力して高齢者訪問をしている民生委員・児童委員、そして栗東市が全国初の「100歳大学」の立ち上げにかかわり1期生でもあった方。

それぞれ、取り組みは奇抜なものではなく地道・着実で、「こうした人たちがいるから、社会は、少しでもよいものになるのだな」と感じさせてくれるものでした。


事例報告者には2名の学生も含まれていました。いずれもゼミ生ではありませんが、活動のきっかけとなる実習の担当教員としては、二人の報告にとても励まされました。

単なる事例報告ではなく、自分たちの活動がどのように位置付けられるのか一歩引いた大学生らしい冷静なプレゼンと、質疑応答のときに見せた活動への熱意や真摯さのバランスに感心します。

会の2,3日前には事前申込者が25名程度と聞いており心配していましたが、当日は80名近くが会場にお越しくださり、机や椅子をどんどん足して対応することになりました。おそらく、来場者の多くが登壇者同様に地道な地域での活動を続けている方たちです(「活動」などとも思っていないでしょう)。

第7回アジア社会学研究会定例会

研究員を務める社会理論・動態研究所のアジア社会学研究会に久しぶりに参加してきました。年に1回の開催です。初回か第2回あたりに参加させてもらい、龍大に赴任した後も1度だけ参加しましたが、5年ほどご無沙汰していました。

「アジア社会学」というフィールドの設定とはずれるものの、初めて報告もさせてもらいました。報告タイトルは「民俗行事と子どもの社会化―滋賀県栗東市の左義長を事例として―」です。日本生活学会の生活学プロジェクトで行っている研究についての報告でした。

学会報告は時間がかなり限られますが、研究会では質疑応答込みで2時間もいただいたので、端折らずにご報告できました。私が主張している、民俗行事が子どもにとって、その地域社会についての理解を深めたり規範を身体化したりする社会化過程にかかわること自体は、新しい議論ではありません。子ども(子ども組)が担う民俗行事は全国各地にあり、おそらく、いずれもそうした機能を有してきたことでしょう。

以下、報告を終えてからつらつらと考えたことをメモしておきます。


なぜ、子どもたちが民俗行事の実施を通じて地域社会に社会化しなければならなかったかと言えば、当然、人口の流動性の低さにより、その社会で大人になっても生きていくことが前提とされていたというようなこともあるでしょう。民俗行事も、神事や農事と結びついていることが多いのですが、そうした意味や物語は大人になってから後付けでしることもありそうです。子どもたちとしては、イベントごとであったり遊びであったりします。

民俗行事を地域社会存続の方法の一つ(レパートリー)であると捉えるという視点で研究を進めて行きたいと考えています。ただし、それは「昭和的」な地域社会の存続のための方法であり、「そのような地域社会の形が求められているか」という根本的な点こそが議論の対象になります。

「コミュニティが希薄化しており、その結び直しが重要だ」という素朴な立場に立つのであれば、もしかすると、レパートリーを再活用することが助けになるかもしれません。その場合にも、このレパートリーが有効だった背景(農業人口の多さ等)が失われているので改変は必要です。

「そもそも求められる地域社会の像が違うのだ」という立場に立つのであれば、レパートリーの有効性はほぼ失われます。ただし、レパートリーがレパートリーになるべく経てきた形式化、便宜化のようなものをそのまま破棄するよりは、新しく求められる社会像に合わせた改変が資源利用として望ましいかもしれません。

このようにして、いずれの事情にせよレパートリーは改変される必要がある。むしろ、そのように改変を繰り返してきたからこそレパートリーは民俗行事のような伝統として認知されてきたのかもしれません。

もう一点、「求められる地域社会の像」などというものが今やないのではないか、という批判的検討を加える必要もあるでしょう。地域社会以外のコミュニティを議論するということですね。この視点では、「地域共生社会」(厚労省)のように「求められる地域社会の像」を訴え続ける国の政策も当然検討の俎上です。


次回はせっかく設定されている「アジア」の文脈で何か報告したいと思います。

甲賀市商工会女性部第3回未来創造委員会

笠井が参加する最終回となる甲賀市商工会女性部「第3回未来創造委員会」では、質問紙調査と実地調査の結果が報告しました。

質問紙調査結果の報告では、特に設問の様式によって結果として表すグラフの種類が異なることなどを説明しました。また、第2回未来創造委員会であげられたクロス集計を行う項目の案とは別に、コーディネーター(笠井)が行ったクロス集計を含めた結果の分析を示しました。

甲賀市に「あればいいのに!」と思うものを問う設問では、郊外型の大型ショッピングモールをあげるものが多くありました。コーディネーターからは、調査結果であるからといってショッピングモールを誘致するというような多数決的思考は不適切であると説明された。(そもそも調査は多数決のために行うものではありません。)

質問紙調査で「あればいいのに!」と思われたすべての施設を市においた場合、甲賀市ならではの特色はほとんど残りません。ただし、「こんなことを求めるなんて」と一蹴するのではなくそのような諸施設を求める声が多いことは謙虚に受け止め、商工会会員の事業所が市内外の人たちにとってどのように魅力を発信していくか検討・実施することが重要です。

質問紙調査と実地調査の結果を踏まえ、コーディネーターとして「未来創造」に向けて、2つのアプローチがあることを紹介しました。

一つ目は、現状分析から始めるアプローチであり、だめなところを無くす・減らすように努め、いいところを維持する・伸ばすように努めることです。質問紙調査や「あってよかった!」の評価は、このことに対応する。地域活性に活かせるものは既にあっても、活用方法をみつけなければ「資源」にはなりません。

二つ目は、未来を語ることから始めるアプローチです。「あればいいのに!」は、このことに対応する思考である。個別にわかれているものとものとに繋がりを作る「物語化」が重要であり、実地調査で学んだ歴史・由緒の繋がりだけではなく、日常生活の小さく身近なものも繋がりを可視化し物語として紡いでいくことが重要です。

コーディネーターのまとめを受け、全構成員から、今後の展開としてどのような事業に取り組んでいきたいかが報告されました。

京都世界遺産PBL成果報告会

2015年度から大学コンソーシアム京都の「京都世界遺産PBL」という枠組みに、世界遺産である醍醐寺と協働し、「コミュニティマネジメント特論」という科目を提供しています。

この枠組みに参加しているすべての科目は年末に成果報告会を行います。今年度も12月10日に開催されました。例年、「この段階では成果は出ていないし、これに合わせて焦って出すべきものではない」というスタンスは既に他科目の担当者にもご理解いただいています。(醍醐寺の有名な行事「五大力さん」が2月23日開催であることも関係しています。)

ただ、正直、今年度はスタッフ・受講生ともに醍醐寺との接触が少なすぎました。現場をもつPBLでは愛着形成のためにも、幾度となく現場に行くことが重要ですが、それが受講生に十分に共有してこれなかったと反省しています。

そういうわけで、成果報告会も心配でした。ところが、当日、他科目の発表を聞いたり、緊張する発表を乗り越えたりしたことで、授業への熱意・関心が相当に戻ってきたようで、報告会が転機となる例年にない展開を迎えました。

発表後には講評をくださった他科目の担当教員と醍醐寺の僧侶の方々に受講生が挨拶に行き、さらなるコメントをいただきました。

「発表を乗り切ったらクリア」というような安直な発想ではなく、「発表こそがスタートになる」という発想でもって行動できる学生たちに感心します。

その後、科目ごとに固まっているところが多い中、懇親会でもこの科目の受講生たちは全員がバラバラになって、発表で関心をもった科目に話を聞きに行っていました。とてもいい流れですね。

さて、ようやく力が入り始めたとはいえ、醍醐寺にきちんと連絡を取れていないことも、企画が未熟なことも確かです。「企画・事業の実施」だけを目指すのではなく、協働先と一緒に丁寧に進めていってもらいたいと思います。

青山学区人権教育研究会で講演

以前、教員免許状更新講習を担当したところ、受講された現職の教員から、ご自身の所属先で講演を開いて欲しいという依頼をいただきました。

そこで、青山学区人権教育研究会(滋賀県大津市)で、先方のご依頼通りに「互いの考えを伝え合う方法」というテーマで1時間のお話をしました。


アンケート結果

◆今日の講演は全体的にどうでしたか?

  • とてもよかった 13名
  • まあよかった 17名
  • どちらとも言えない 1名
  • あまりよくなかった 0名
  • わるかった 0名

◆今日の講演はわかりやすかったですか?

  • とてもわかりやすかった 11名
  • まあわかりやすかった 17名
  • どちらともいえない 3名
  • ややわかりづらかった 0名
  • かなりわかりづらかった 0名

「互いに考えを伝え合う方法」のうち、特に「考え」と「互いに伝える」に注目し、次のような問いかけをしながら説明をしていきました。

「考え」をめぐる問いかけ

  1. 人は考えを(常に)もっているのだろうか
  2. 人はどのようなことについても考えることができるのだろうか
  3. 私たちがはほかの人のあらゆる考えを知りたいのだろうか

「伝える」をめぐる問いかけ

  1. 伝わった(伝わらなかった)とはどういう状況だろうか
  2. 伝わったら何が起きるのだろうか(なぜ伝えるのだろうか)
  3. 本当に伝わったかわかるのだろうか

これらの問いに答えながら、お話しした内容の要点は次のようなことです。

  • 私たちは、人に問いかけられて言語化することで考えをもつ(対話的構築主義)。「謙虚な問いかけ」(シャイン)とかナラティブ生成アプローチと呼ばれる問いを発していく。考えをある段階でもっていないということについて責めてもあまり意味はない。
  • 考えられることには、条件(前提知識、興味関心など)や範囲の制限(自分との距離など)があるので、相手と自分との間の条件・範囲の差を埋めながらコミュニケーションを進める。個人的なことは政治的なことと唱えた第2波フェミニズムは、範囲の制限を変える動きとも評価できる。
  • 自分が言葉やジェスチャーなどにどのように表現し、相手がその表現をどのように解釈するかによって、伝わるかどうかは異なる(エンコードとデコード)。
  • 相手がどのように考えているかを想定してコミュニケーションを取るのも重要だが(間主観性)、誤解を減らすためには丁寧に聞く・答えること、論理性を重視することが必要だ。
  • ほかの人には自分と同じように何らかの合理性があり(無自覚かもしれない)(他者の合理性)、互いに相手の合理性には納得はいかないかもしれないが、論理的なコミュニケーションがとれれば理解には到達する可能性がある。
  • 共生社会とは、異なる他者が共に生きられる社会だが、異なる他者は互いに納得いかない合理性をもちうる。両者が納得できる新たな解を形成することも重要だが(アウフヘーベン)、それ以前に、両者が、互いに自身の考えを伝え、相手の考えを聞く冷静で成熟したコミュニケーションを取れなければならない。
  • 相手の考えを尊重する、個性を重視するとは、相手の考えと異なる自分の考えを伝えないことではなく、むしろ、伝えても共に生きていける社会をつくることである。

公開セミナー「これからの社会的企業」

代表を務めている社会科学研究所共同研究「共生社会・共生経済の構築のための研究と実践」主催で、社会科学 研究所月例会(公開セミナー)を開催しました。

笠井ゼミでは会場設営、受付等を担当し共催しました。 講師はユニカセ・ジャパンの 中村八千代さんと、社会科学研究所客員研究員の 佐々木聡さんで「これからの社会的企業」というテーマで講演をいただきました。

また、共同研究メンバー(客員研究員)の 山本純一さん、 竹山 和弘さん、 粟井俊貴さんのほか、一般来場者、他大学学生、本学の教員・職員など20名を超す方が来場されました。

学科の学びと関連性は強いものの、科目としてはおかれていない分野であり、ゼミとして共催することでゼミ生たちの卒業研究や進路にもいい刺激になったことと思います。 皆様、ありがとうございます。

なお、会場は瀬田キャンパスにある重要文化財「樹心館」を借りて使いました。

A.ハーシュマン『連帯経済の可能性』

ハーシュマンの『連帯経済の可能性』を読んだ。どうも学生の頃に読んだようだ。というのも、「社会的エネルギーの保存と変異の原理」に言及したことがあるからだ。指導教員が連帯経済の研究者だし、僕がこの本を読んでいない方がむしろ不自然かもしれない。

とはいえ、10年弱が経ち、今の自分は当時とは興味関心も異なるし、「社会的エネルギーの~」以外にもおもしろく読めた。ちなみに、この原則とは次のようなものだ。

当初の目的が果たせなかった社会運動は、あたかもすべてが無条件で失敗であるかのように思われてしまうだろう。しかし、そうした運動の過程で沸き起こった社会的エネルギーは、たとえ運動そのものが目の前から消えようとも、消え去るものではない(p.93)

時を経て、こうした「社会的エネルギー」がふたたび活性化するのだが、その現われ方は、以前とは非常に異なっている場合も多い。(省略)つまり、社会的エネルギーがまったく新たに噴出したというよりは、復活しているのである。(p.72)

社会のために何かしたいというこうしたエネルギー自体がどこから来るのか、なぜ人によって異なるのかも気になる。自治会活動などを調べていると、現役(会社員)時代に組合でバリバリ活動していた人が活躍していたりするが、何か関係あるだろうか?

さて、本書では通常とは異なる「シークエンス」で起きることがらに注目がおかれている。「教育」があるから「発展」が起きるという方向だけではなく、「発展」したからこそ「教育」が充実する、とか、「富裕層や中産階級がまずはかつ土して国家が引き継ぐ」という方向だけではなく、…等々。

ただ、意外なシークエンス、というテーマ設定よりも、どうして人々は行動に出るかという話の方が興味深かった。

より根本的に必要なのは、孤立と互いの不信感を払拭する共通の経験だということである。(p.95)

また、協同組合をつくることにより(外の広範な)社会全体に何かしらの変化がおきるとかいう話ではなく、その人たち自身にとって協同組合を作ること自体に意義があるし、外からのマクロな評価軸が有用性をもたないというような議論も参考になる。

栗東市まちづくり講演会&パネルディスカッション

栗東市平成29年度市政功労者表彰式の第2部として、今年度初の試みで、まちづくり講演会が行われることになり、基調講演の講師とパネルディスカッションのコーディネーターを務めてきました。

講演のタイトルは「いつまでも住み続けたくなる安心な元気都市栗東」といただきました。

「まち・ひと・しごと創生法」に基づき栗東市でも2016年につくられた「栗東市人口ビジョン」「栗東市総合戦略」に基づく話をというリクエストでした。

30分と短い講演なので迷いましたが、最初10分ほど掛けて、人口ビジョンと総合戦略の概要を説明するとともに、計画行政についてごく簡単に触れました。

また、テーマの「住み続けたくなる都市」のためには、愛着、誇り、自分事といった感覚を持てる仕掛けが重要であることを話しました。

栗東市では既にそういった仕掛けが多数あり、市政功労者表彰式もそうした仕掛けになりうると考えられます。

パネルディスカッションのテーマが「20年後の栗東市を語ろう」でしたから、【ビジョンを語る】→【(自分事としての)戦略を語る】という展開にできるよう、基調講演もそういうシナリオにしたつもりです。

今回の講演でも紹介しましたが、栗東市景観条例の100年計画前文をここでもご紹介しましょう。

百年先のあなたへ

百年先の栗東はどうなっているだろう

あなたたちへの預かりもの

こころ安らぐふるさと風景

~わがまち栗東~

この美しい風景を守り育て

あなたたちへしっかりと手渡したい


パネルディスカッションでは、野村・栗東市長のほか、市議会議長、商工会長(自治連会長)、そして栗東市在住の大学生2名が登壇して、20年後の栗東市像を描き、自分ができることを語ってもらいました。

特に栗東市への強い愛着とコミットメントを語った大学生たちには会場全体が「応援したい」という気持ちに包まれるとともに、大いに元気づけられました。

くりちゃん絵手紙の会とゼミ

10月26日の笠井ゼミには、滋賀県栗東市より「くりちゃん絵手紙の会」の皆様がお越しになりました。

宮川真由美先生はじめ、4名の皆さんに「タオル筆」による絵手紙をご教授いただき、皆で楽しく絵手紙を書きました。

会の皆さんが、本格的な大きさの紙を持ってきて下さり、泉佐野市の「第8回全国タオル筆で描く絵てがみコンクール」に応募することになりました!

実は、泉佐野市は栗東市と協定(特産品相互取扱協定)を結んでいる自治体でもあり、これも何かの縁を感じますね。

いつも研究の話ばかりで少し疲れ気味のゼミ生たちも、今日はとても明るく楽しそうだったのが印象的です。

先輩・後輩や同期の仲も深まったようです。 会の皆さん、ありがとうございました。

(写真は助手の越浦先生に撮影・提供いただきました。)

神島高校1年生向け講演

10月18日に和歌山県立神島高校にて1年生全員(120名)向けに「社会学とは何か?今、大学では…」というお題をいただき講演してきました。

当日の写真と感想を高校よりいただきましたので共有します。

【生徒感想抜粋】

  • 大学は小学校中学校高校よりも全然楽しそうだと思った。
  • 笠井先生の講演を聞いて思ったことは、とても聞きやすい講演だったということです。
  • 龍谷大学の話をするのかなと思っていたら、すぐに社会学についての話になっていました。わかりやすく話してくれたのでとてもいい講演でした。
  • 大学進学を考えているので、今のうちに自分が「こんなことを研究したい」と心から思えるものを考えていこうと思いました。
  • 笠井さんの話はとてもおもしろく、「研究者なんて僕には関係ないだろう」と思っていたけれど、話を聞いているうちに、「僕でもなれるんじゃないかな」と思いました。
  • 特に「先生」ではなく「共に学ぶ先輩」という話を聞いてイメージがつきやすかったです。
  • 笠井先生の話で、「大学は仕事につくための補助みたいなものではなく、勉強・研究のための場所だ」とわかりました。
  • 社会学部だから地理や公民、歴史の勉強を地味にする学部だと思っていたので、遠出して地域の伝統行事を調べたり、駅前でカフェを開いたりしているなどとは思いもしませんでした。
  • 笠井先生はとても面白い先生だった。ポケモンGOの話など、大学の話ばかりじゃなかったので、最後まで飽きずに聞けた。
  • 大学に行ったら私も好きなことを学びたいと思います。研究をするにはまず基礎的な知識を身につけて調べるものについてよく知っておくことが大切だということがわかりました。自分も早く大学に行きたいと思いました。
  • 一つのことにとても集中しすぎてしまうのは悪いことではなく、むしろ研究者に向いていて良いことだということも初めて知りました。先生の話を聞いていると50分は一瞬でした。
  • 初め、「社会学部」という言葉を聞いて、何をするところだろうと不思議に思いました。笠井先生の話を聞いて、社会学部とはフィールドワークを重視し研究活動をしているところだとわかりました。
  • 笠井先生は研究について熱く語ってくれました。先生の話を聞き、研究について興味を持つことができたし、大学に入学すると、自分もいつか研究にのめるこむ時期がくるのかなと思いました。
  • 今まで想像していた「大学」のイメージを覆されました。
  • よく家族に「丁寧すぎる」や「過集中」などと言われ気にしていたのですが、今回の講演を聞き、少し楽になりました。また好きなことに夢中で取り組むのはきっと最高に楽しいので、研究にもすごく興味が湧きました。
  • 私は今まで専門学校だけを視野に入れて考えていたのですが、今回の講演で大学も視野に入れてみようかなと思いました。
  • 笠井先生は少しマニアックなところがあって、自分からしたら「変わってるな~」と思ったけれど、身近な物事を例にして話してくれてわかりやすかったです。

甲賀市商工会女性部第2回未来創造委員会

今年、甲賀市商工会女性部が「未来創造事業」として商工ニーズ調査を行われるとのことで、調査のコーディネート役を務めています。

第1回では調査の種類や、SWOT分析、ジョハリの窓などをご説明しました。

その後、質問紙自体もコーディネータが作った方がよいとのことでしたから、観光施設で街頭調査を行うための簡易な質問紙を作ってお渡ししました。

第2回の今回、冒頭でうかがったところ、なんと500件以上の回収をされたとのことで驚きました。街頭調査ではなく、会員や会員家族に配布されたりもしたようです。

もともとが街頭調査用に設計したものなので、回答の分析にやや難がありそうですが、入力と分析は笠井研究室で受託することとしました。

ともかく、第2回では、質問紙を回収した後、どのような処理をするかということを説明しました。

特にクロス集計の説明をしたときには、部会員から、どの設問同士のクロスがいいか意見が出されてよかったです。

また、Excelを用いた個票入力の方法や、入力・分析を事前に考えた質問紙の設計になっている点を解説しました。

次回は市内の観光施設をバスで回ります。

 

 

第11回 能美ほっこりまつり

以前紹介した、社会共生実習「能美の里山生活史プロジェクト」の受講生と、コミュニティマネジメント学科コミュニティマネジメント実習「かたつむプロジェクトin栗東」の受講生とで、第11回能美ほっこりまつりに参加してきました。

前夜には、むくろじ会館(公民館)で3ヶ月ぶりの再会を果たし、懇親会で歓待いただきました。学生たちが作った小冊子を手に手に語らって下さる姿が印象的です。

まつりの朝には、前回話題に挙がった「火の用心」がちょうど回っており、学生たちも一緒に歩かせてもらいました。

まつりは学生が、「ほっこりカフェ」「食采広場」「ほっこり焼き」と受付に分かれてお手伝いをしながら交流を深めました。

例年と違い、雨の天気予報だったこととかなり寒かったこともあり、やや来場者は少なかった印象ですが、その分、学生は休憩時間をとってまつりを満喫できたようです。

昨年度の受講生が、他大学の友人を連れて個人的に来てくれたのもとても嬉しいことでした。

後期は、生活史を整理していく作業を進めたいと思います。

共生社会PJ筑波山合宿

2017年10月8日から9日に掛けて、茨城県つくば市の「筑波ふれあいの里」にて、次の3者による合同合宿が開催されました。

  • 共生社会PJ(代表:笠井賢紀)
  • 大地の大学(発起人:山本純一)
  • 茨城大学野田ゼミナール(担当:野田真里)
    • (括弧内の代表者はいずれも共生社会PJ研究員)。

参加者は共生社会PJ研究員9名を含む21名です。

初日の10月8日は、冒頭に共催3団体の代表から開会にあたっての挨拶を行ったのち、笠井より社研PJの説明と2年度間の計画について共有しました。

その後、社研PJ研究員より2セッション5報告が行われました。

A 司会:山本純一(慶應義塾大学名誉教授)
香川敏幸(慶應義塾大学名誉教授)
「自然エネルギーの社会起業家を育てる『風のがっこう』に学ぶ」

―デンマークの「民衆的」生涯学習機関・ホイスコーレの役割について―

野田真里(茨城大学准教授)
SDGsと共生社会・共生経済
大谷尚之(愛媛大学准教授)
アニメコンテンツが拓く地域の可能性

~ガルパンと大洗~

B 司会:野田真里
山本純一
共生経済とフェアトレード
原めぐみ(和歌山工業高等専門学校助教)
在日外国人女性の仕事と生活に関する調査報告
総括討論:笠井賢紀(龍谷大学准教授)

続く2日目は、茨城大学野田ゼミナールの学生4名が報告がありました。いずれの報告も卒業論文執筆に向けた丁寧な作業の成果であり、共生社会PJの興味関心にも合致するものでした。

2月に行われたプレ合宿では共生社会PJの各個人研究が、既存の学問的な類型枠組を批判的に捉え、実践的・物語的な視点に立って研究を行っていることがわかりました。

研究代表の僕がまとめた本合宿の到達点あるいは共有の検討課題は次の4点です。

  1. 共生社会・共生経済を目指す実践は人や地域の力(潜在力)を引き出す学びや教育の観点を有する(開発(かいほつ)の思想とも通ずるのではないか)
  2. 資本主義経済と共生経済は対立するものではなく、それぞれの経済があって補い合うものであるという可能性がある。ただし、現状では資本主義経済に偏重している
  3. 共生は日々の生(生活)に関わる概念であり、日常生活に関わる実践や調査手法(生活史法)が重要な役割を果たす
  4. 「共生」で共に生きるのは同時代の異なる存在どうしだけでなく、異なる世代間の者どうしもそうである。

こうした総括に対し、研究員からは、次のような貴重なコメントが出ました。

資本主義経済は侵食的であるため共生経済との共存は不可とする議論もある

共生にはハバーマスの合意、アレントの共存といったタイプの違いがある。また、誰と誰が共存するかは、『選べない』としたバトラーの議論も参照できる

(狭義の)ただいるだけの共存と、互いに応答責任を果たす共生とは異なる

共生においては啐啄同時のような関係性が見られる

次回研究合宿は龍谷大学がホストとなり2018年2月3-4日に開催することが決まりました。

また、11月9日には共生社会PJの佐々木聡と、外部講師の中村八千代氏による公開セミナーを社研月例研究会として開催すべく申請予定です。

その他、研究員のフィールド(愛媛県、島根県)等でのセミナーやフィールドトリップを積極的に企画・実施することが確認されました。

100歳大学公開講座

(栗東市の宇野課長よりちょうだいした写真です)

夏に2期生卒業式で講演をした栗東100歳大学で再び呼ばれて講演をしてきました。

今回は3期生開始直前の公開講座ということでした。タイトルは事務局指定で【高齢社会!シニアパワーで地域を元気に!】でした。

内容としては、研究者のやりそうな展開でして「もらったテーマをまずは丁寧に説明(定義、背景、データ)」した後で、「テーマそのものを崩す」という感じ。

結論は「シニアは相対概念だから、高齢者は年齢においてシニアでも、ほかの視点においてはジュニアになりうる。それぞれ、互いにシニアとジュニアの側面を行き来しながら、謙虚に教えたり・教えられたりする関係を築くとよい。学びの関係には生きがいがあり、地域は元気になる」というようなお話をしました。

講演のために調べていたら、敬老の日も以前は「としよりの日」とか「老人の日」と呼ばれていたのですね。そして、半世紀前にも「老人の線をどこに引くか」が問題になっていたそうです。

りっとうミツケーター映像プロジェクト第3回(バスツアー)

栗東広報が熱い。昨年度から「りっとうミツケーター」なる市民を養成(発掘)し、公式Facebookページに市民投稿があるなど、おもしろい展開。

今年度は龍谷大学との協定締結による連携PJ第1弾として「りっとうミツケーター映像プロジェクト」が。大学からは社会学部コミュニティマネジメント学科の笠井・松本の2教員、そして学科の学生約10名が参加しています。

市民約20名に、毎回参加してくださる市職員の方が5名以上(すごい)。


第3回の今日は、栗東バス巡り。広報課でツアー案を考えて下さり、皆で巡ってきました。僕はマイクを握って、進行役。市民の方に「○○さん、お話をお願いします」と振ると、皆さん嫌がらずに、というかノリノリでいろんな話をしてくれます。

各グループでチェキとICレコーダを持ち、グループ独自の視点で写真と音声をとるという課題付きでした。

盛りだくさんな一日でした。次回は11月12日@龍谷大学。講師は松本先生です。

田辺高校講演

※高校での写真は高校ご提供

和歌山県立田辺高等学校で「地域探究活動および課題解決型学習(PBL)」というタイトルの講演を1年生全員向けに行ってきました。

同校はSGH(super global high school)で、グローカルを重要視し、ローカルでの活動・学習にも力を入れています。今後、本格的に「地域探究学習」でまちに出て行く高校生たちに向けて、そもそもフィールドワークをする意味とはどのようなものか伝える、というのが私の仕事です。

 本当に問題なのは【地方に何もない】ことではなく、地方に何もないと考えてしまう私たち自身の視野の狭さでは?

と問いかけつつ、文献調査、空中写真の活用、統計資料の確認といったさまざまな調査方法の組み合わせが重要であることをスライドで説明しました。

その上で、現場で学び・考える方法としてフィールドワークがどの様に重要かをお話ししました。

生徒たちは熱い体育館で椅子もない中、最後までよく集中して聞いてくれていたように思います。

Alencop訪問

バルセロナのLa Pau 駅近くにある、Alencopという協同組合に取材に行ってきました。

残念ながら事務方は会議が入っていたのですが、働いている3人が応じてくれました。

ここは、アフリカから渡ってきた人たちの雇用を創出すべく電化製品等の不用品を無料で回収する組織です。

無料で回収するので、世帯構成がかわったときなど、家電を買い換える際に重宝され、利用者は多いとのこと(データはもらってません)。

事務方がいなかったので、制度や背景についてはウェブサイトや新聞で(あるいはメールで)確認を要しますが、3人によれば、市がこの協同組合の事業に助成を出しているそうです。

不法滞在の状態を解決するためにここで働き、1年間雇用関係にあれば合法的に居住者として認められるとのこと(これだけだと、突っ込みどころが満載なので、やはり確かめなければなりません。OPAIでしょうか)。


今回、話を聞いた3人はカメルーン、ガーナ、セネガルの出身で、来てから1年半くらい(2015.12の事業開始からいたみたいなので、1年と8か月かな)。もう一年以上経ったので合法的に住んでると。

今ここで働いているアフリカからの人は27人で、家族と住んでいる人は少なく、だいたいアフリカに家族を置いて来ている。

普通にバケーションの期間にアフリカに家族に会いに行って帰って来たりしているそうなので、出入国に関してはなんら問題がないようだ(「アフリカに帰るの難しくないの?」と聞いたら「飛行機ですぐだから」と答えられてしまった。笑)。

別に本国で何かあったわけではなくて、仕事がないからスペインにでて来たわけですね。

家族を呼び寄せないのかと聞いたら、家族の仕事を見つけるのはたいへんだし、自分も養うだけは稼げないと。


バルセロナに暮らすのに問題は、と聞くと、働き口のこと。雇用の契約がないとアパートも借りられない。働き口以外のことにはないかきいても、「ほかには特に問題はない」「今はここで働いてるので、前より良くなった」。

家族がいないなら、みんなで一緒に住んでるか聞いたところ、組合としては一緒に住むポリシーを前は持ってたけど、うまくいかなかったので(あ、ここもっと突っ込んで聞くべきだったな)、今は一緒に住んでる人もばらばらに住んでる人もいる。

などなど。

ゼミ生が「たなべ大学」に参加! りゅうカフェ期間限定オープン

和歌山県田辺市には大学がありません。その田辺市を舞台に、大学生が1週間のチャレンジショップを出す「たなべ大学」という試みがあります。

田辺市には2015年度に田辺高校、神島高校に模擬講義に行ったご縁があったので、「たなべ大学」を知ってすぐゼミ生に「よければ応募してみたら?」と声を掛けました。僕自身はバルセロナに滞在する期間中であることが決まっていたので、学生に任せきりです。

ゼミにゲストで「豆乃木」の杉山世子さんに来ていただいた直後だったこともあり、「フェアトレードコーヒー(特に杉山さんが扱っているマヤビニックの豆)を扱いたい」と考えてくれたようで、交流を楽しめるコミュニティカフェを開くことになりました。

bar. Octさんの営業時間ではない日中の時間を借りて、5日間限定(2017年9月1日~9月5日)で「りゅうカフェ」という名前で店を出したようです。

りゅうカフェではマヤビニックコーヒーのほか、「水玉オムレツ」や、利き茶体験などいろいろな工夫をしたようです。おかげさまで5日間、毎日通って下さった方がいたり、老若男女との交流が楽しめたようで、5-6期生としてはゼミとして何かをやってみる初めての体験になりました。

※本投稿の写真はゼミ生の撮影によるものです。

政策学部・阿部ゼミとバルセロナ散策

龍谷大学にはバルセロナを主なフィールドとしている都市計画の専門家、阿部大輔先生がいます。今回、私の滞在期間中にもゼミ生7名を連れて阿部先生がバルセロナにいらしたので、ご厚意に甘えて阿部ゼミのフィールドトリップに同行しました。

先生に教えていただいておいしいものを食べるのももちろん楽しかったのですが…。

ともかく、プロの視点から建築様式や都市計画についてフィールドで聞けることの贅沢さ。

また、義務ではなく有志を募ったのに7名も参加したというだけあり、学生たちの学ぼうとする意欲や、コミュニケーションを取ろうとする姿勢にも感銘を受けました。

一人で過ごしていると地区ごとの特徴などはよくわからなかったので、一緒に歩いてみて少しつかみ始められた感じです。

また、阿部先生には過ごしやすい図書館や、本屋の場所も教えていただき今後の調査で助かりそうです。

短期国外研究員スタート

龍谷大学では専任教員向けに研究員制度があり、【国内研究員】【国外研究員】と、それぞれについて1か月以上3か月未満の「短期」が用意されています。僕の所属する学部では2年前に予約して、学部に承認されればこの制度を使えます。

今回、赴任して始めて短期国外研究員となり、龍谷大学の交換留学生もお世話になっているバルセロナ自治大学(UAB)通訳翻訳学部に受け入れていただいて、8月と2月に1か月ずつの2ヶ月間、在外研究を行うことになりました。

今回の8月は予備調査と位置付けていて、バルセロナに自分を慣らしつつ、2月の本調査に向けて少しでもアポ取りや人脈形成ができるといいなと思っています。そのあたりはぼちぼち書いていくとして……。


8月7日に近畿圏、特に滋賀を台風が襲ったので不安でしたが、8月8日の早朝に伊丹空港へ行き、無事に飛行機に乗りました。今回の旅程は伊丹→羽田→フランクフルト→バルセロナと飛行機3本を乗り継ぎです。

羽田・フランクフルト間では本を1冊読み、「君の名は」や「パン」(ピーターパン)の映画をみたり、寝ながらどうにか12時間過ごしました。乗り継ぎのフランクフルト空港が広くて、搭乗口に30分掛けてたどり着いたらすぐに搭乗でした。

フランクフルトで既に耳の痛みは感じていたものの、バルセロナに着く直前から猛烈に痛み始めたので(航空性中耳炎)、数日、痛みが続くかもしれません。

予定より30分遅れて、4年ぶりのバルセロナに着くと20時過ぎなのに明るいことと、標示がいわゆるスペイン語と英語だけではなく、カタルーニャ語も併記されていることに「そりゃそうだ」と思いつつもあらためて気づかされました。

カタルーニャ広場(21時ころ)

インターネットでバスのチケットもとってあったので、空港からカタルーニャ広場までのバスにもさっと乗れて、明るいうちに広場に着くことができました。

 

4年前もこの広場にきて、あのときは「3路線のガイド音声付き観光バスがあるのか」と知り、サグラダファミリアやグエル公園にいったのを思い出しました。

広場で子どもたちがボール遊びをしていました。地元の子でしょうか。

FGC

今回はすぐにFGCへ。切符の自動販売機が完全にカタルーニャ語だったので少し不安でしたが、無事に切符を買い、乗り込みました。

 

日本のローカル線でよくある、ボタンを押すと開閉するドア。席には充電用の電源もあります。そういえば空港からのバスもUSB充電ができるようになっていました。

21時半発と遅めだし、バルセロナから離れていく路線だからか、乗客は少なめ。今回は1ヶ月間、大学構内のVila Universitaria という団地に滞在することにしていたので、Bellaterraという駅で降りて真っ暗な道を上って行きます。今日は月がすごく近くてきれいでした。

Bellaterra駅(22時ころ)

Vila Universitariaの居室(Qタイプ)

Vilaの受付を探すのがたいへんかなあと思っていたけれども、案外わかりやすいところにあり、スタッフが(時間はかかったけれども)特に問題なく予約通りに会計を済ませルームキーを渡してくれました。

部屋は2人で住めるような広さで、収納も多く、台所や冷蔵庫もついています(僕は自炊しないと思うけど)。

WiFiはオープンアクセスのものが飛んでいたけれども怖いのでそれは使わず、さすがは大学、eduroamも飛んでいたのでそれで繋ぎました。有線LANケーブルも持ってきていたのでPCをつないでみたら、ゲストログインでふつうに使えるようです。


国内も含めると飛行機3本、バス2本、電車2本に乗り、くたくたなので、今日はいったん寝て(ただいま24時7分)、時差ぼけや耳の様子をみながら、明日は無理せず、大学構内を散策してこようと思っています。

教員免許状更新講習を初めて担当

所属先の龍谷大学では夏休みに教員免許状更新講習を開いています(国は2007年・教育職員免許法改正、2009年・教員免許更新制導入)。

担当できる者の最初に「大学の教授・准教授・講師など」と挙げられており、前から関心はあったのですが、今年度初めて手を挙げて担当することにしました。免許状更新講習は「最新の知識技能の修得を目的とする講習」ということで、先生方に少しでも役に立つものになるといいと考え、次の2科目を開講しました。

  • 2017年8月3日
    • 地域社会を支える仕組みを学ぶ~住民自治組織と公的ボランティアを中心に~
  • 2017年8月4日
    • 語りから未来を紡ぐ~対話を生みコミュニティを作る方法~

1科目につき1日かかります。いずれも選択科目なので、こうした科目を3科目(18時間以上)受けるのが免許更新には必要なわけですね(ほかに必修科目、選択必修科目もあり)。


1日目の「地域社会~」は講義中心で、ひたすら講師である私が話し続けるスタイルを取りました。

  1. 住民自治組織論とコミュニティ論
  2. 地域内分権組織
  3. 公的民間ボランティア
  4. 子どもの社会化

という4コマの構成で、それぞれ事例を交えてお話をしました。教科書的な内容がどうであるかを押さえつつ、自身の研究の知見もふんだんに入れ「最新の知識」を意識しました。

住民自治組織の既存分類批判は、やはりあまり関心を持っていただくことはできませんでしたが、地域を支えるボランティアの話や、民俗と地域といったテーマは興味をもたれたようです。

「教師」として「母」として「地域住民として」、何というか…「芯」となるお話を聞かせていただいた気がします。

実体験、インタビューをもとにされて、構成された内容で、説得力がありました。

(アンケート「総合的に満足だ」96%)


2日目の「語りから~」はワーク中心で、1日掛けたワークショップという感じです。

前半は昨年、福祉フォーラム専門セミナーで担当した同名の研修を踏襲し、互いの人生を聞き取り年表を作るワークでした。

後半は、毎年担当している同名の講義科目での経験を参考にしました。作った年表や、それにまつわるさらに深い聞き取りを元に、「今、ここで偶然集まった人たち『だからこそ』できる社会的な取り組みを考えよう」というワークです。

ワークに慣れている方も多く、スムーズに進みました。教育の現場でどのように活用して下さるか楽しみです。

ここ数年、胸の中に秘めていた(?)漠然としたやりたかった事を言葉にして伝えることができて、なんだかまだドキドキしてしまっています。

先生の語り方や場の設定、しっかりと目的を伝えてから活動を始められる所など、安心して語れる雰囲気づくりが参考になりました。

うまく話題を提供していくことでお互いを理解し、つながっていくことは、小学校の授業の中でも取り入れられることと思います。

(アンケート「総合的に満足だ」100%)


追記:今回の教員免許状更新講習をきっかけに、受講された現職の先生から講演をご依頼いただきました。同講演についてはこちら

りっとうミツケーター映像プロジェクト始動

7月29日(土)、【「発見」×「発信」街の魅力を映像で表現!】と題し、「うますぎる栗東」をテーマに栗東の魅力を発見・発信する市民である「りっとうミツケーター」と龍谷大学生の協働による「りっとうミツケーター映像プロジェクト」がスタートしました。

このプロジェクトでは4回の研修を経て、栗東市を紹介する動画(CM)を制作します。

2017年7月11日に締結された「栗東市と龍谷大学との連携協力に関する協定書」に基づく連携事業の第1弾と位置づけられ、私が「まちの魅力発見」担当、現役ディレクターでもあり映像論を担当する同僚の松本章伸さんが「映像論・技術」担当で講師を務めます。。

7月29日の第1回目では、「まちの魅力って?」と題し講義&ワークショップを開催しました。市民、学生、市役所職員など約40人が参加しました。

ワークショップでは集まったメンバーをランダムに6グループに分け、「自己紹介」を兼ねて栗東市や龍谷大学の魅力を発表し、グループ内が打ち解けてから、プロジェクトの目的である「まちの魅力」を考える講義とワークショップを実践しました。

  • 「自分やまちを紹介するとき、どうしてもネガティブな表現になる」
  • 「いろいろな物やことを褒めてもらい、良いところに気づくことが大切」
  • 「普段と違うものの見方をすることで、身の周りのものが違って見えてくる」
  • 「1人ではなく、5人や6人で考える方が幅が広くなる」

第1回なので、まずは打ち解けてもらうことを目指しました。今後、このグループで最後までやり続けるので、いい機会になったと思います。

※本投稿は当日の研修に同行したREC職員による記事を参考にしています。

栗東100歳大学2期生卒業式講演

栗東市には「100歳大学」という取り組みがあります。國松 元 滋賀県知事が提唱されたようです。「新高齢者」と呼んでいるところの65・66歳、つまり定年退職をして会社人としての人生の次のステージに進まれる方を主対象として展開されているとのこと。

年間40回の講演・講義を通じて高齢者、福祉、地域、健康、いきがいづくりなどについて学びを深めていくというものです。2016年に「卒業」した1期生の中にはチャレンジショップをされている方もいるとのこと。


今回は2期生の卒業式ということで、その前座として講演を担当しました。龍谷大学瀬田キャンパスにあるREC小ホールに来てくださりました。

90分の講演でワークや質疑応答は要らないということだったので、ばりばり理論的なお話をするのもいいかと思いましたが、敢えて動画・音声を多めに使って展開しました。

事前の打ち合わせで、「シニア」という言葉は用いた方がよさそうだったので【人生を編む~シニアだからこそできること~】というタイトルでお話ししました。

受講生は65,66歳限定ですので、私の両親と同じ年です。「高齢者」とはまったく思えないので、そういうときに「シニア」という相対的な表現は便利だよね、という話から始めました。

いろいろな「シニア」の話を紹介し、映画「エンディングノート」の予告編も見たりした上で、最後に私の祖父の話も少しだけしました。

参加者と私の年齢を足すとちょうど100歳で「100歳大学」、なんつって。写真、私が寝起き感がものすごいことになっていますが、それなりに情熱を込めて話している姿です(笑)

実習「能美の里山生活史」の初訪問

龍谷大学社会学部では2017年度より「社会共生実習」という科目が始まりました。これは、これまでもあった「大津エンパワねっと」という教育プログラムを発展的に展開して学部の基幹科目にあらためて据えたものです。

大津エンパワねっとは社会学部4学科(現在は3学科)の教員・学生が学科の隔てなく参加するプログラムであり、地域との連携・協働が特徴でした。

大津エンパワねっとでも授業の担当代表を務めたり、運営委員長を務めたりしてきましたが、今回は自分で「能美の里山生活史プロジェクト」を新設しました。


石川県能美市には「能美ほっこりまつり」というお祭りが2006年からあります。ちょうど私が連携事業で関わっている滋賀県栗東市の「東海道ほっこりまつり」と名前も開始年も一緒です。

そうした縁で繋がっていた両地域の交流に、2012年からは私や、私のゼミ生・実習生が加えてもらってきましたが、今回はあらためて正課科目に位置づけ、これまでは実施してこなかった「生活史の聞き取り」と行うことにしたのです。


受講生は社会学科5名、コミュニティマネジメント学科1名の計6名。

2017年7月22日に到着し、市内をご案内いただき、ほっこりまつりの会場であり聞き取りの対象でもある仏大寺町で夕食をいただきながら交流をもちました。

翌23日は、午前中に3組に分かれ3家庭で人生史をうかがいました。午後には公民館でより多くの皆さんの話をうかがう…、とともかくいろいろな方のお話を聞き続ける2日間でした。

僕が印象に残ったのは、毎日「火の用心」をいいながら拍子木をたたいて回るという話で皆さんが盛り上がったときのことです。

その日の当番を示す木の板と棒(これを回し忘れるともう一日同じ家が当番)をもってきれくれました。もともとは何か字が書いてあったけれども消えていて思い出せない。いつからこの棒と板が使われているかもわからない。

でも、それを今も毎日回し続けている。そして、家によって、人によって違う木の打ち方に「今日は○○さんが打ってるな」と思いながら日々を過ごす。なんとも興味深い話です。

10月には能美ほっこりまつりが仏大寺町で開かれるので、また学生とともに訪れます。

かたつむ邸5周年記念

2012年に笠井ゼミを中心とした有志学生が「東海道ほっこりまつり」(当時、第6回)の共催を始めた栗東市の目川・岡地区。

2013年には目川地先に民家の2間をお借りして「かたつむ邸」開設とともに、笠井ゼミを離れ学科の正課実習科目「コミュニティマネジメント実習」に位置づけられました。

今日は、2017年度の実習生2人が、2012年からの同地区と龍大とのつながりを写真と語らいで振り返りました。

第1期生の3人から手紙・ビデオメッセージも届いており、地域の皆さんが喜んでくださいました。

人数が減り、開放できる日数は減りますが、今回のように、ゆっくりと語らえる企画ができるといいですね。

暑い中、足を運んでくださった、目川・岡、栗東市役所の皆様に感謝申し上げます。

栗東市と龍谷大学が包括連携協定を締結

本日(2017年7月11日)、「栗東市と龍谷大学との連携協力に関する協定書」が交わされ、両者の包括連携協定が締結されました。

包括連携協定は龍谷大学にとっては6自治体目、栗東市にとっては1大学目(=初めて大学と締結)です。

既に両者は2005年に「地域人材育成に係る相互協力に関する協定書」を交わしていましたが、包括連携協定になったため、基本的には分野を問わずに連携が図られます。

本日の記者会見で学長からは「今までとの違いは【広がりと深まり】」とわかりやすい表現がありました。


これまでに栗東市と龍谷大学が連携してきた蓄積の上に今回の協定が結ばれたわけで、私が関わったのは2012年度以降の短い期間に過ぎません。

とはいえ、現在、さまざまな形でもっともわかりやすく連携をさせていただいている者として、協定締結式でも末席を汚しました。

私が2011年度に横須賀市都市政策研究所の研究員であったときに、総務省主催の域学連携シンポジウムに参加し、そこで栗東市職員(竹山和弘さん)と会ったのがそもそものきっかけです。

その後、2012年に龍谷大学社会学部に「まちづくり論」等の担当者として赴任しました。同年度にはちょうど、環びわ湖・大学地域コンソーシアムの「大学地域連携課題解決支援事業」があり、ともに東海道ほっこりまつりに取り組むことになりました。

雨にも負けず成功した第6回東海道ほっこりまつりの「100人で目川田楽」。能美ほっこりまつり(石川県)の方たちの姿も。

第6回東海道ほっこりまつりを、笠井ゼミの有志を中心とした社会学部コミュニティマネジメント学科の学生たちが盛り上げてくれたことも、学生たちを目川・岡地区の皆さんが歓待してくださったことも、思い出深く残っています。

最初の2012年度は1年間で栗東市に60回以上、足を運びました。

かたつむ邸オープンの日。「語りから未来を紡ぐ」+「かたつむりのようにゆっくりと」。

「活動や交流の拠点があれば、もっと教員も学生も通いやすく、地域の方とゆっくり語りを紡げるのではないか」と願っていたところ、地域と家主のご協力で民家をお借りして2013年からは【かたつむ邸】がオープンしました。

かたつむ邸オープンと同時に、この連携事業は社会学部コミュニティマネジメント学科の正課実習科目に位置づけられるようになりました。

担当教員として率直にいうと、その後の4年間で拠点を活かした活動は十分に展開できたとは言えず、地域・学生の満足度も思ったようには上げられてこなかったように反省しています。

ただ、かたつむ邸や龍谷大学生が「自然にそこにある/いるもの」として位置づけられるのにこの4年間は重要な役割を果たしたと思います。

今週末、2017年7月15日には「かたつむ邸」で包括連携協定の締結を記念し、この5年間を振り返る催しを15時から開催いたしますのでふるってご参加ください。

2012年度の連携への熱さが学生にも地域にも戻ってくると嬉しいです。


それから、忘れてはならないのが栗東市BBS会の再発足です。20年ぶり再設立と報じられました。私は津田公子保護司(当時)とともに設立発起人となりました。

栗東市BBS会再発足会(2015年10月1日)

再発足会には龍谷大学矯正・保護総合の福島センター長(当時)が記念講演をし、龍谷大学との関係もできました。

現在では龍谷大学一般同好会「りっとうBBS」としてサークル化され、同サークルは西本願寺社会部からの支援もいただいています。

今はサークルのメンバーが少ないそうなので、ぜひ学生にはたくさん参加してもらえると。


学長が包括連携協定までの連携は “introduction” であると位置づけてお話しをされました。

そうであるように、つまり協定締結がゴールではなくスタートになるように、今後も栗東市と龍谷大学の連携事業が展開されていけばいいと思いますし、私も微力ながら動き続けたいです。

締結式終了後の囲み取材(写真は奥村実様より)

本日の協定締結式には、目川・岡自治会、栗東市BBS会の方たちが来てくださっていました。ふつう、こうした式典はクローズドで行われ、仮にオープンにしてもなかなか市民の方はいらっしゃらないと思うのですが、式典をオープンにした栗東市にも、足を運んでくださった市民の皆さんにも感謝申し上げます。

市民に求められる域学連携って、なかなか素敵なことではないでしょうか(逆に、市民不在で政策的観点からのみ域学連携しても効果は薄いと思います)。

ちなみに、協定締結後の「連携事業第1弾」は栗東市をPRするCMをつくるプロジェクトです!

島根県の高校訪問(隠岐島前高校・津和野高校)

2017年7月2日から7月5日の旅程で島根県の2高校に学科を代表して訪問してきました。今回の訪問目的は、特色ある地域協働事業を展開している2校に本学科の教学について説明し、地域作りに高い意欲がある生徒に受験してもらおうというもので、一言で言えば営業です。

島根県は離島・中山間地域の高校魅力化・活性化事業に取り組んでおり、地域おこし協力隊を「高校魅力化コーディネーター」として配置するなどして、地域の特色を活かした教育に取り組んでいます。

このあたりの話は、次の論文が参考になるでしょう。

  • 樋田大二郎(2015)「離島・中山間地域の高校の地域人材育成と「地域内よそ者」―島根県の「離島・中山間地域の高校魅力化・活性化事業」の事例から―」青山学院大学教育学会紀要『教育研究』59, pp.149-162.

高校魅力化に際しては、グローカル教育がキーワードになり、地域と高校とのつながりが教育に活かされるだけではなく、他地域にも開かれたさまざまな取り組みが行われています。

他地域からの入学生を従来の山村留学の文脈に「島根県版山村留学」と位置づけ「未来との縁むすび しまね留学」という専用のウェブサイトも用意されています。

(それにしても、島根県の「縁」ブランディングは徹底していて興味深いですね。今回松江に行ったとき、この時期に多い雨は「縁雫(えにしずく)」と位置づけられていました。)

しまね留学のサイトには、「部活(地域系)」がまとめられたコーナーがあり、今回訪れた隠岐島前高校の「ヒトツナギ部」や、津和野高校の「グローカルラボ」も紹介されています。私のイメージでは地域と関わりのある部活動は「ボランティア部」や文化芸能部的なものだったので、こうした取り組みは斬新に思えました。

ヒトツナギ部創設の背景や、高校魅力化の具体的なプロセスについても理解するのに最適な本として、『未来を変えた島の学校:隠岐島前発 ふるさと再興への挑戦』という書籍があります。町長やコーディネーターといった実際に活動を始め制度を変え・作ってきた人たちの本です。


隠岐島前(おき どうぜん)高校は隠岐諸島の島前と呼ばれる中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)、知夫里島(知夫村)の3島地域にある高校です。

しまね留学のウェブサイトによれば、2016年5月1日現在の生徒数は184名、うち「しまね留学」生は74名(40.2%)と、県内高校で最大の割合です。

私のゼミOBである長谷川大介さん(2017年卒)が、高校と連携した公立塾「隠岐國学習センター」で在学中の2016年度に1年間のインターンをしていたため、ゼミ合宿を2016年8月に行い、同センターの豊田庄吾センター長にゼミ生向け講演をいただきました。(ゼミ合宿の様子はFacebookのゼミページ内アルバムにて

大学を卒業し同センターのスタッフになった長谷川さんと、町の社会福祉協議会に赴任した龍谷大学社会学部の卒業生(同じく2017卒)と3人で、初日の夜に会食しました。

 

隠岐島前高校図書館「まちづくりを考える」コーナー

山内・海士町長が龍谷大学で講演をしてくださったこともあり、少しずつ龍谷大学と町との関係もできていくといいなあ、などと私は思っていますが、ともかく、2人の卒業生が前向きに働いていてホッとしました。

2日目は午前中に長谷川さんに町内を案内いただき、午後に隠岐島前高校で校長と進路指導担当にそれぞれお話しをしました。

海が見える最高のロケーションの図書館も、司書の方にご案内いただきましたが、「まちづくりを考える」というコーナーがあるなど、選書の工夫に驚きます。

男子寮「三燈」案内

高校を出て、男子寮「三燈」でハウスマスター(舎監)と高校生たちの案内を受けました。

特に高校生たちが、自分たちの高校や寮を誇らしく愛着を持って延々と語ることに好感をもちます。他の事例と比較しながら、自分たちの属する組織の良さをきちんと言語化できていて、かつ、爽やかで、うらやましく思いました。

その後、隠岐國学習センターで「夢ゼミ」を見てきました。

夢ゼミとは、対話や実践を通して自分の興味や夢を明確にしていくための授業です。1・2年生向けの夢ゼミは月1回実施。多様なゲストをむかえて、対話の型や、地域の課題を当事者意識を持って考えます。


津和野高校は、島根県の西端にあり山口県の萩と隣接する津和野町にあります。津和野町は小京都とも呼ばれる地域で、森鴎外や西周といった著名な人物を生んだ土地でもあります。

津和野高校には、2014年7月に関西学院大学の市川顕さん(同じ研究科の先輩)と行き、校長や魅力化コーディネーター(当時)とお話しをしたり、町営英語塾HAN-KOHを訪ねたりしました。(Facebookのアルバム

津和野町に外から入り、地域おこし協力隊などで活躍する人材は、Founding Baseというおもしろい会社が絡んでいます。

津和野到着後、津和野高校の校長、進路指導担当、魅力化コーディネーターと会食をし、高校・大学それぞれの教育について熱く語らいました。

翌日(旅程の最終日)に、高校やHAN-KOH、そして町内を訪れる予定だったのですが、あいにく同日に津和野町には大雨により特別警報が出され、高校も休みになったので断念し帰路につきました。


2つの高校とその関連組織や地域をまわって強く感じたのは「大学だからこそできること」を真剣に考えなければならないということです。

高校が地域をフィールドとする(in)とか、地域について知る(about)とか、地域のために活動する(for)の段階を超え、既に「地域とともに(with)」をやってしまっている。しかも域外からの先進的な経験・知識を持った多彩なゲストとも交流している。

大学が、とってつけたように地域と連携し「PBL」と名乗ってイベント実施や学生の「満足度・楽しさ」に満足している中で、もっとどっぷりと地域につかり教育や学びに高校を挙げて考えているところがある(いや、これはちょっと高校のことも大学のことも極端に書きすぎているけれども)。

そうした高校を出て、地域づくりやコミュニティリーダー育成を掲げる僕の所属学科での教育に幻滅せず「やっぱり、大学は違うよね」と思ってもらえるような教育を手がけたい(もちろん、今もそうしているつもりではある)。

ところで、大学だからこそできること、という問いにとりあえずの答えは「研究に基づく知見を実践に活用すること」だろうと思う。そもそも大学教員はその育成・採用方法からしても明らかなように、教育者である前に研究者だ(というか研究者でしかない)。

研究者自身の先端的な研究を学科・学部のカリキュラムに接合させて、実践の場に還元させる以外、大学でないとできない地域協働とかPBLなんてないだろう。

ということで、僕の暫定的な結論は(あたりまえだけど)「地道に研究し続けましょう」ということになる。


島前訪問はゼミOBの長谷川大介さん(隠岐國学習センター)が、津和野訪問は大学の後輩でもある山本竜也さん(魅力化コーディネーター)が手配してくださり、たいへん充実したものになりました。あらためてお礼申し上げます。

2017年度三田社会学会大会

日本生活学会で初めてお話しした有末賢先生に、三田社会学会というものがあり、7月に大会が開かれると聞いてせっかくなので参加してきました。

会員しか参加できないのかと思い、入会申込書も事前に出しておいたところ、当日の幹事会で承認されたようで、三田社会学会員になったようです。


慶應義塾大学の三田キャンパスには「社中交歡 萬來舍(しゃちゅうこうかん ばんらいしゃ)」という場があります。一応、教職員と塾員(慶応の卒業生)またはその同伴者しか入れないことになっています。

前夜に親の家に泊まったので、父を連れてきてみました。個室ではお弁当を食べるおじさまたちで賑わっていましたから、どこかの三田会(慶応の卒業生組織)でしょうか。

PALACE HOTELが運営しているようです。サーロインステーキ丼の肉が多くて驚きま……。

社中交歡 萬來舍

そういう話はともかく、ここには小幡篤次郎の「萬來舎之記」がかかっていて、これがなかなか良いものです。

舎を萬來と名付たるは衆客の來遊に備ふればなり。

既に客と云へば主あるべきが先づ來るの客を主とし後れて來るの客を客とす。早く帰るの客は客にして後れて留るの客は主なり。

去るに送らず來るに迎へず議論なすべし。談話妨げず囲碁対棋読書作文唯客の好む所危坐箕踞共によし。扼腕拱手兩ながら問はず。來る者は拒まず去る者は留めず興あらば居れ興尽きなば去れ去て客尽くれば明朝の客来を待つ。

居場所づくりのプロジェクトなどでも参考になる言葉ですね。


三田社会学会は自由報告1件とシンポジウムでした。

シンポジウムは「サバイバーの社会学」という題で浜日出夫さんが進行を務められました。報告は次の3本。

  • 高山 真「生残者が体験を語る意味 長崎被爆者とのライフストーリー・インタビューから」
  • 佐藤 恵「被災障害者・犯罪被害者の生きづらさとその支援」
  • 金菱 清「ライティングヒストリーの展開―東日本大震災と20年の聴き取り調査敗北宣言」

討論者は有末賢さんと鈴木智之さんです。

高山さんと金菱さんの報告はライフストーリーに関することで、特に気になって聞いていました。

高山さんの報告は『<被爆者>になる―変容する「わたし」のライフストーリー・インタビュー』に基づくものだったようです。

同書には、好井裕明さんによる書評もあり「一級の研究書であり被爆者論であることに間違いはない」と高評価です。

『三田社会学』第22号の鈴木智之さんによる書評も「この本を読んでしまったことで、他者の語りに相対する姿勢はもうこれまでと同じというわけにはいかなくなるだろう」と意義を認めています。

こういう書評を読むと、この本を読んでみないといけないなあ、とは思います。また、僕自身が博論のときの関心の一つとして「研究する私」をどう研究で扱うかという点がありました。

正直なところ、報告は本を読んでいないとあまり理解できないなと感じました。口頭報告だけ聞いていると、「罪意識の同心円」においてその図の中に「「わたし」が含まれる」というとき、どこに自分を位置づけられるのか、そして、その位置づけとご自身の喪失体験とがどのように関連するのか、僕にはよくわかりませんでした。

研究者自身の(喪失)体験が「<被爆者>になること」と関わりがあるならば、「どのように」被爆者になるか(これは「当事者性をどう帯びるか」と同義と捉えてよいのか?)は、研究者の個人的体験に依拠してそれぞれに異なることになりそうです。そのこと自体は当たり前なので、それをどう乗り越えて研究とされているのかに興味がわきます。


金菱さんの報告は、やはり著書『悲愛―あの日のあなたへ手紙をつづる』に基づくものでした。

プレゼンの挑戦的な感じにわくわくしながら報告を聞きました。オーラルヒストリーと対置してライティングヒストリーを置き、(亡くなった人などへの)手紙を書いてもらうという調査手法のようです。

調査者が対象者に手紙を書いてもらうという介在をします。ただし、手紙を書くという行為であるため、調査内容への不介入という特性を帯びると。手紙は、二人称の語りが生まれ、弱い語りが拾えるというような話として理解しました。

「手紙を書くと亡き人への語りになるというが、調査のためとか本になるとかいうことがわかっていれば、公になることを想定した語りになってしまい、結局インタビューと変わらないのではないか。手紙を書くと没入感が得られ、手紙の宛先の相手のことだけ考えられるのか」

ということが疑問になったので、金菱さんに報告後に聞きに行ったところ、案外、そういうもの(集中して書く)らしいです。このあたりは、自分でも試してみたいです。

それから、討論者の鈴木さんの「オーラルヒストリーがだめとか手紙がいいとかいう話ではなく、それぞれの手法に描けることと描けないことがある」という主旨の批判的なコメントはまさにその通りだと思いました。たとえばドキュメンタリーにするという方法なんかも、手紙とは異なる情報が拾えるでしょう。


慶應義塾大学三田キャンパス東館

今後も、三田社会学会の大会に積極的に参加して、できればいつか報告もしてみたいと思います。

慶応にGlobal COEプログラム「市民社会におけるがバンスの教育研究拠点」があったとき、2年ほど研究員(RA)をしていたので、社会学研究科の先生や学生の名前は少しだけ聞いたことがありましたが、こうして仕事ではなく研究の場でご一緒できる機会ができたのは嬉しいことです。

慶応の社会学の歩みについては故・藤田弘夫さんの「三田社会学のこれまでとこれから:慶應社会学の起源・形成・展開」にまとめられています。

社会学部版 People, Unlimited

龍谷大学には「龍谷」という広報誌があり、年2回発刊されています。

広報誌「龍谷」は在学生の保護者と、卒業生に配布されています。上のウェブサイトからも閲覧可能です。代表的なコーナーには次の3つがあります。

  • People, Unlimited
    • 在学生と卒業生それぞれ、魅力的な人を紹介するコーナー。
  • Education, Unlimited
    • 教員(授業)を紹介するコーナー。
  • World, Unlimited
    • グローバルなプロジェクトを紹介するコーナー。

No.83では私が担当する科目がEducation, Unlimitedのコーナーに掲載されました。


この広報誌の記事はどれもおもしろいのですが、社会学部にもたくさん紹介したい学生、教職員、卒業生がいる中、全学広報誌なのでなかなか枠は取れません。

そこで社会学部広報学生班が独自に取材し、社会学部版「People, Unlimited | Faculty of Sociology」を作っていこうということになりました。

最初に取材に応じてくれたのは、2016年度に広報学生班にいた在学生。後輩たちの取材の練習になればと付き合ってくれました。

インタビュー、記録の取り方、記事のまとめ方と初めてのことばかりの学生たちに一から指導して、どうにか形になっていきます。広報誌「龍谷」に近づけるためにIllustratorの使い方もサポートします。

完成した原稿を教員の会議に出すと、「タイトルがキャッチー過ぎて内容がわからない」(実はタイトルだけは笠井が考えましたが!笑)、「プロが書いたなら言いたいことはあるけど、学生が書いたならいいです」(いや、言いたいことは出し惜しみせず言ってほしいのですが!)と、いろいろコメントもいただきつつ、無事に公開できそうです。

今後、学部公式ウェブサイトで公開されるほか、パネル化してオープンキャンパスなどで活用していく予定です。乞うご期待。

CM特論 醍醐寺合宿2017

2015年度から京都世界遺産PBLという枠組みで世界遺産の醍醐寺とともに授業を展開しています。(概要はこちら

この科目では毎年1回、夏に醍醐寺で合宿を開催してきました。今年度も2017年6月24日~25日に行いました。

合宿の目標は「課題発見の糸口を見つけること」です。多くのPBLでは合宿や集中講義は、何かのイベント企画を練ったり実際に行ったりする時間だと思いますが、この科目では「これから何に取り組むべきか、その端緒にたどり着ければ……」という極めて禁欲的な位置づけです。


合宿は1日目の13時から2日目の正午までの短い時間です。

1日目はともかく情報をインプットします。最初は担当教員(笠井)からのPBLに関する講義。これは、合宿までに2ヶ月の講義を経ている受講生にとっては復習です。ただし、合宿には醍醐寺の僧侶や職員にも参加してもらっているので、毎回必ず実施します。
1日目に学生がもっとも緊張しながらも楽しみにしているのがグループ・インタビュー。

グループにわかれ、2-3部署の僧侶・職員に来ていただき、課題の糸口を探ります。

「何が問題ですか」といった短絡な質問が、むしろ課題発見の妨げになることを受講生は既に知っているので、丁寧に質問を重ねます。

インタビューが終わり、反省会・共有会を経て、基調講演を伺います。今年度は総務部長の仲田順英師からのお話でした。

雨月恩賜館で醐山料理に舌鼓を打ったあとは、夜の部。毎年、渡邊慧海師(公益性について)、飯田俊海師(文化財について)のお二人から専門の講演をいただいています。学生たちもよく聞いて質疑応答も盛んにしていました。

最後に写経をして就寝です。


2日目は朝に、弥勒堂で写経奉納も含めて法要をしていただきました。

朝食が終わると午前中いっぱいを掛けてワークショップです。1日目は情報のインプットに終始しましたが、2日目はそれを整理・収束させてからアイデアを導き出す過程です。若い僧侶も2人参加しました。

【ワーク1】(ブレインストーミング)

3グループにわかれ、前日にインプットしたあらゆる情報をカードに書き出します。受講生は事前の講義で、ブレインストーミングの目的(たくさんアイデアを出すこと)と注意事項を学んでいます。

各グループ、70ほどのカードができました。

【ワーク2】(分類)

グループごとに、カードを分類していきます。受講生は事前の講義で、分類方法には正解はないことを理解しています。

かなり分類がうまくいったところと、果たしてこれが分類と言えるのだろうかという論理矛盾をはらんでいるところと明確にわかれました(リーダーシップを発揮している学生が事前講義をしっかり理解していたかがポイントのようです)。

【ワーク3】(ワールドカフェ)

分類を元に、「課題になりそうなこと」を自由にワールドカフェ形式で話してもらいます。受講生は事前の講義で、ワールドカフェの利点(他花受粉)や方法を理解しています。

ワールドカフェは、いろいろとグループを巡るので、やり方を工夫しておかないと全テーブルで、同じ声の大きな人の意見ばかりが共有されてしまいます。今回はしっかりと、ベースとなるテーブルごとに異なる議論が紡がれたようです。

【ワーク4】(プロジェクト立案)

ワールドカフェで話したことを踏まえ、見つけた課題の糸口を信じ、複数のプロジェクトを立ててもらいます。

受講生は事前講義で学んだことを参考に、各プロジェクトの目的、方法、実現可能性、優先度、実施までに必要な期間、活用できる資源、障壁となる要素を手早く表に整理しました。

 


プロジェクトの発表後には、聞いていた僧侶からの講評、部長からの閉会挨拶をいただきました。

今後は、合宿でまずは立ててみた企画案をもとに、これらを組み合わせたり見直したりする中で【醍醐寺が求めること】や【大学生が関わることに意義があること】を今年度の課題として設定します。

(アイデアの提供だけで醍醐寺にとって意味が生じるものもあるでしょうから、そういうプロジェクトまでPBLで取り組む必要はありません。)

毎年「こんな短い時間でうまくワークショップができるだろうか」とか「1日目の情報インプットは必要だろうか」と設計者(designer)である教員としては悩むのですが、どうにか、今後の展開に向けたいい形が毎年できるから不思議です。

「日本生活学会の100人」に掲載

日本生活学会の100人

2016年に加入した日本生活学会の公式ウェブサイト内コーナー「日本生活学会の100人」に私がインタビューされた記事が公開されました。

「語りから未来を紡ぐ方法論の探究」というタイトルです。学部生のときに何かの本で読んで、これを目指してみようと思った「ハイブリッド研究者」(井上真)のことも少し紹介しました。「一人学際」というおもしろい発想ですね。

私は、いろいろな調査・研究に取り組んでいますが、今回の左義長調査は率直に言えば「地味」なものだと思います。対象は全国どこにでも見られる(そして全国的におそらく担い手は減ってきている)民俗行事ですし、インタビューにほぼ依存した方法をとりました。


そもそも、私の関心はおおよそ「ふつう」の人たちに向いています。「どこにでもある」対象にアプローチするからこそ、質的調査が活きてくる場面もあります。

重視されるのは、内容をありきたりのカテゴリーに落とし込んでしまうのではなく、むしろ質的な多様性――つまり、ある1つの現象がもつ多くの差異やバラエティ――を表現するような、ニュアンスに富んだ記述を行うことである。(クヴァール, 2016訳『質的研究のための「インター・ビュー」』)

特に院生のときには学会発表などで「もっと代表性の高い事例がある」「この事例のどこが先進性があると言えるのか」というコメントを批判的にいただきました。特異な突出した事例を扱うことによる研究上の意義はわからなくもありませんが、私のやろうとしていないことをコメントされてもなあ、と感じることが多かったです。

「ということは、典型的な事例としてこれを挙げているということですね」というコメントは、まだ理解ができるものでした。ただ、1事例を深く調べて記述すれば当然、他事例との差異が浮き彫りになりますし、その1事例をもって「典型的である(から研究上の意義がある)」というのは乱暴ですから、やはり何のためのコメントかと釈然としないこともあります。


さて…、私の左義長の調査は「正しい左義長のあり方」を模索したものではなく、また「現在の民俗を記録」しようとしたものでもありません。

2017年・岡の左義長準備
2017年・岡の左義長準備

左義長がこの数十年だけでもさまざまな変化を遂げており、この変化と地域の生活の変化とはつながっているという仮説のもと、(1)左義長の変化から生活様式の変化を明らかにする(という方法を導く)ことを一つ目の目的にしました。整理は必要ですが、これはそこそこ満たせそうです。

次に、左義長の変化は地域によって異なるため、(2)左義長の変化から地域の価値付けを明らかにする(という方法を導く)ことを二つ目の目的にしました。これはなかなかうまくいっていません。

そして、調査の中で副次的に、実は左義長が住民自治へとつながる地域・住民関係の入り口として重要な位置づけができるのではないか、という考えにたどり着きました。


「長く続いてきたから左義長を失ってはいけない」という情緒的な発想には、その負担や位置づけを考えると手放しには賛成できませんが、それでも一考の価値はありそうです。

左義長が住民自治へとつながる生き方のモデルコースの入り口となっていたものの、そのモデルコース自体が崩れているというのが現状です。では、現代社会において、地域と住民との関わりはどのようなものが要請されるべきで、そのためにはどのような仕掛け(過去に左義長が果たしたような。)があるとよいのでしょう。

そこで編み出されるモデルコース(あるいはモデルコースがあること自体が現代的ではないという帰結?)に、左義長がコンテンツとしてまだ活かせるのであれば、失わせない方がいいでしょう。「続いてきたという事実」が持つ力は一定強いものがあります。

▼日本生活学会の100人 http://lifology.jp/people100/vol005kasai/

笠井ゼミ第2回同窓会

昨年に引き続き2回目のゼミ同窓会が開かれました。

1-4期の各期にいる幹事が連携し、準備をしてくれました。また、5年にわたりインターゼミを一緒にやってきた、SFC山本研のメンバーも駆けつけてくれました。

会場は浄土真宗の寺院が提供する京都駅至近のレンタルスペース。おもしろいところを見つけてきますね。

日程を調整するのはたいへんなので、「毎年5月の最終土曜日」と決め、1人でも参加者がいれば開催する、という趣旨ですが、こんなに来てくれるとは。

まだ2回目ですが、5年、10年と続いていくといいな。10年目で初めて参加する1期生、とかがいてもおもしろい。

ゼミゲスト・杉山世子さん(豆乃木)

今日のゼミはゲストに 株式会社豆乃木 mamenokiの 杉山 世子さんをお迎えして講演とコーヒー抽出講座を担当いただきました。

3限の講演では、青年海外協力隊としてのアフリカでの経験のほか、フェアトレードの事業を始めてからこれまでのことも具体的に踏み込んで話をして下さりました。

国際学部でも経営学部でも経済学部でも、あるいは政策学部でも関心を持って聞かれそうな魅力的な講演を少人数でじっくりうかがえて貴重な時間です。

また、コーヒーも同じ豆を「深煎り」と「中煎り」で焙煎したもので味比べを行い、抽出方法の指導をいただいて奥の深さを学びました。

「コーヒー講座をゼミでやるとは、何を考えているんだ」と思われる方は、コーヒーを通して見える世界を狭く考えすぎているかもしれません。

杉山さんにも残っていただき数名の学生と瀬田駅近くで会食をして解散しました。

日本生活学会第44回研究大会

アジア大学で開催された日本生活学会の第44回研究大会に参加してきました。この学会に参加するのは初めてのことです。

2016年度に同学会の「生活学プロジェクト」として採択いただいた研究の発表をするのが主な目的です。

研究は民俗行事「左義長(さぎちょう)」に関することですが、他の多くの民俗がそうであるように、左義長にも複数の役割があるということを整理して報告しました。

とりわけ、子どもが地域社会と接点を持ち、長幼の序や組織での活動について知り・経験する、あるいは同世代のつながりを形成する貴重な気概であったと考えられます。

詳しくは笠井までお問い合わせ下さい。

2017年度開始

2017年度が始まりました。龍谷大学に赴任してから丸5年が経過し、今日から6年目です。

本日付で准教授に昇任しました。推薦・承認いただいた学内者の皆様に感謝申し上げます。よく「准教授って何?助教授?」と聞かれるのですが、2007年度に大学教員の職位については法改正があったので、現在は助教授はいません。

[教授]―[准教授]―[講師]―[助教]―[助手]という5つの職位があります。講師と助教はどちらかのみを置く大学も少なくありません。人数的には実は教授が一番多く、講師が一番少ないです。民間の会社だとみんなが部長みたいなことはあり得ないわけですが、大学の場合、みんなが教授というのはあり得る話です。

ちなみに各職位の英語名称は機関ごとに定めており、龍谷大学の場合は准教授も講師も Associate Professor ですから、海外の知人には「昇任したよ」とは伝えません。基本的には職位が変わっただけで、職務内容等や待遇には私の場合、違いはありません(担当コマ数、いわゆるノルマは増えました)。


社会学部長は村井龍治先生が任期をまっとうされ津島昌寛先生になりました。新学部長にも引き続き、学部長補佐(広報担当)を任じられました。自動的に学部広報委員長(2年間)も再任となります。

学部にはほかに広報を専門領域・関連領域にされている教員が複数名いらっしゃるので、そうした方になっていただくのがいいようには思います。とはいえ、そう言い始めると、毎回その方たちに負担が偏りますね。広報は依然として門外漢ですが努めます。


龍谷大学社会科学研究所(社研)と国際社会文化研究所(社文研)の共同研究も正式に始動しました。社研は私が研究代表なのでしっかりマネジメントしないといけませんね。社文研は代表の先生が別にいらっしゃるので安心です。

いずれも2016年度から既にいろいろと話を進めているので、急に始まるわけではなく、安心感があります。

それから、単著の執筆を始めました。まだ編集者の方に企画案を見せて、次に会う日程を決めただけですが、それでもやる気が出ますね。次に会うまでにできる限り原稿を書くということにしているので、励みます。


今年度は龍谷大学から短期国外研究員という学内制度を用いて2ヶ月間(8月、2月)在外研究を認められているので、バルセロナ自治大学に研究員として受け入れていただき、同地で協同組合や社会運動のこと、あるいはコミュニティ政策分野の勉強・調査に着手できればと考えています。

PCテイカー講座

所属の龍谷大学社会学部コミュニティマネジメント学科では2016年度から情報処理教育を大幅に変更しました。担当教員もすべて代わっていただき、ICTの専門性のみならず地域づくりに実績のある教員に入ってもらいました。

「情報処理=Microsoft Officeの基礎スキル」という悪弊を脱し、あくまで素直に「情報を処理するとはどういうことか」を、学科特性に合わせて教えていくというスタイルです。

とはいえ、当然ツールとしてのコンピュータの用い方は重要で、その基礎スキルとしてタッチタイピングの練習には重点的に取り組んでいます。ところが、ふだんスマホしか使わない学生たちにとっては「タイピングが速く精確になること」にはなかなかモチベーションがわきません。

ところで去年、所属キャンパスでも人手不足であるPCテイカー/ノートテイカーのことを授業で紹介してみたところ、関心を示す学生が多くいました。そこで、「タイピングが速く精確になること」が、困っている同級生の支えになるかもしれない、ということをしっかり伝え、PCテイカーを養成したいと思います。


PCテイカーは、パソコンを使って、耳が聞こえない(あるいは聞こえづらい)学生に、授業の情報保障をする役割です。前に『話しことばの要約』で紹介したように、単に速くすべてを入力できるとうことが大事なわけではありません。情報として伝わるようにまとめる技術と知識が必要です。

今回、大学コンソーシアム京都がPCテイカー養成講座(初級編)を2時間で開催するということで、学科の情報処理担当教員と3名で受講してきました。講義部分はほとんどなく、IPtalkというソフトウェアを用いての演習がメインで、なかなか楽しかったです。細かな配慮が行き届いたソフトウェアだと思います。

二人で「連係入力」という演習がありましたが、トレーニングを受けたテイカー2人でやらないと無理なのではないかと疑問を感じ尋ねたところ、やはりそのようです。また、テイカーに流儀のようなものがあるのか聞くと、講師に言わせれば「流儀の問題のように言われていることも、多くは単純にテイカーの技術水準の問題だと思う」というのも一定は納得が行きました。

授業でこれを採り入れるとなると、私たちは情報処理の技術と知識は一定あるものの、要約筆記の技術と知識に欠けているので、まだ少し難しいようにも感じます。また、IPtalkで2人連係も初学者の学生には不適切でしょう。ですから、まずはやはり「速く精確に」を目指した教育をしようと思います。

2,3年後には学内のPCテイカーを、必修の情報処理科目からコンスタントに生み出せるようになるといいなあ。

岸政彦ほか『質的社会調査の方法』

岸政彦先生から『質的社会調査の方法』をいただいたのは出版直後だと思うので、読みたいと思いつつ3か月も寝かせてしまった。もらった日に「あとがき」と岸さんの章のごく一部だけ読んでしまい「ああ、良い本だ」と感じてしまったのが良くなかった。

僕も駆け出しとはいえ、実は論文では「生活史」を用いていると常に書いているし、質的調査について教えたり書いたりしていることもある。とはいえ、生活史そのものは魅力的でも、それを魅力的に表現するだけの理論も技術も知識もまだまだ足りないという自覚がある。だから、良い本からどこか逃避したかった。

が、子どもではなく、プロフェッショナルとして食べている身なので、3か月でそこらの気持ちは整理を付けて読んでみた。良い本だった。


数年前のゼミで岸先生と

著者の岸さんは、2012年に僕が赴任したときには既に龍谷大学社会学部にいたので、これまで丸5年、同じ職場の同僚だ。とはいえ、不思議なことに学科の壁みたいなものがあり、仕事でご一緒したことはほとんどない。

最初に名前を知ったのはジョック・ヤングの訳者に入っていたから。同僚になり『街の人生』が出たときに感銘を受けて、ゼミ生全員に購入を指示し、読んだ上で宿題として自分で誰かの「街の人生」を聞いてくるようにと言った。それを文字起こししたものを準備して岸さんにゼミでゲスト講師を務めてもらったのは、今考えても贅沢な時間だった。

また、著者の石岡丈昇さんは、社会理論・動態研究所が主宰するアジア社会学研究会に僕が参加させてもらっていたとき(今も参加したいのだけど、日程が合わない……)に知り合った。僕が育った札幌に戻ったときには、北大構内を案内していただいたこともある。

僕は博士課程まではフィリピンの都市貧困層で生活史調査をしていたのだけど、たぶん石岡さんに会ったころはもうほぼ「フィリピン研究」を僕がやめてしまった後だった。

もう一人の著者である丸山里美さんとは面識がない。


さて、著者と僕との関係はいいとして。この本は副題に「他者の合理性の理解社会学」とある。

社会学、特に質的調査にもとづく社会学の、もっとも重要な目的は、私たちとは縁のない人びとの、「一見すると」不合理な行為の背後にある「他者の合理性」を、誰にもわかるかたちで記述し、説明し、解釈することにあります。

このまとめに「そうか、こう表現すればいいのか」と悔しく思った。「合理性」という言葉を用いて、よく授業で「合理性というのは経済合理性だけではないし、僕にとっての合理と、あなたにとっての合理は違う」というような話し方でよく使っていた。その違うことに接近し記述・説明・解釈することこそが社会学の目的だと言われると、僕が社会学に関心を持つのは当たり前なようにも思えてきた。

自分や第3者にわかる(合理である)かたちで示せるのは、もはや他者の合理性ではないのではないか、と一瞬突っ込みたくなる。ただ、ここで「一見すると」とあるように、合理的であるように見えるかどうかは案外、一見したときの印象に過ぎず、記述が可能なのかもしれない。それでも当然、記述はできても説明・解釈ができないというか、いわゆる共約不可能の問題が出てくるような気もする。

簡単に「わかった」と言ってしまうのは、とても暴力的なことです。

しかし同時にまた、私たちは私たちの隣にいる「他者」の人びとを、なんとかして理解しようとする営みをあきらめてしまってはいけません。

まさに、こういうことなのだ。「本当にわかった」などということはないが、それがないということと、わかろうとする行為をとるかどうかは異なることだ。


さて、この本、読み進めていく間に何度も励まされることがあった。「そっか、それでいいのか」「こういう悩みって僕だけじゃないのか」とか。

お酒が強くない人やたばこが吸えない人は調査に向いていないのかというと、もちろんそんなことはないでしょう。それは調査者の数ある個性のうちの一つにすぎず、その人なりの個性をいかした、別のやり方の調査をすることになるというだけです。

そう、それだけのことです。授業でも「インタビューの巧拙みたいなものは、もしかしたらあるのかもしれないし、方法は学んだ方が良い。でも、僕がやるよりも初学者の受講生がやる方が豊かな語りが聞けることも多い」という話を僕もする(ただし、「良い語り」を聞けることと研究に繋げられるかどうかはイコールではない)。

「え、調査やっているのに酒もタバコもダメなの?飲みにケーションできなかったら、深いところまで全然聞けないでしょ。ガハハ」的なオジサマたちを冷ややかにあしらってきたこの10年間。「丸山さんを読んでください」と今なら言える。

そういえば、丸山里美さんは次のようなことも言っている。

同じ人に質問をすれば同じ回答が返ってくるというような、暗黙のうちにある客観主義的な前提が、はっきりしたわかりやすい声をあげにくい状態に置かれている少数者の排除につながってきたのではないか。

よくわかる。同じ人がほかならぬその人についてのことであっても、異なる回答をするのは質的調査を一度でもやったことがあるなら気づくべきことだ。ところで、僕自身は「同じ人に何度も(最低2回は)語りを聞く」ということを自身の方法(論)としていて、ほぼすべての調査について実践している。僕の場合は毎回の語りで「矛盾」や「葛藤」が生じる箇所について調査を展開していくが、丸山さんの場合は毎回の語りで共通するところを中心に展開するらしく、そういう方法もあるのかと勉強になる。


石岡さんは「人びと」ではなく「人びとの対峙する世界」を知ることが参与観察のねらいだと書いている。参与観察、なかなか僕には難しそうだけど、いつかやってみたい気もする。

取り上げられたテーマに基づく対話型調査を通じて、「人びと」を知るのではなく、「人びとの対峙する世界」を知ること、そしてその世界が調査者と被調査者の双方に意識化されることこそがフレイレによる実践の核心でした。

これを読んで、僕が挑戦してみたいのは、パウロ・フレイレ的実践なのかもしれないとも気づくことができた。今、書き始めている単著は質的調査法に関することと、こうした「実践」に関することの両方を書こうとしているので、もし無事に書き上げられたら、著者のお三方に送って、批判していただきたい。

井手英策ほか『分断社会を終わらせる』

井手英策さんの本を読んでみるといいと学生時代の師に言われて何冊か読んでみている。今回読んだ『分断社会を終わらせる』のほか、『経済の時代の終焉』『18歳からの格差論』といったような本も手元にはある。

共生社会を考える上で、「分断社会」という現状認識とその社会へのアプローチを学ぶ必要があるので、確かに読むべき本だった。先日読んだ『社会的分断を越境する』やはり社会の分断と、それを乗り越えるための方途がテーマだった。

本書では財政学の視点から、分断社会をどう乗り越えるかが論じられる。


全編を通じてデータをグラフや表を用いて示しながら議論が展開される。分断状況の確認や、それを生みだしてきた背景などに触れた後、著者らの政策提言と想定問答が展開されるバランスの取れた構成だ。

財政学は門外漢で、専門的に著者らの主張がどこまで妥当なのかは実はよくわからないけれども、主張は興味深かった。

いわゆる市場原理に対抗する理念として、「必要原理」を打ち出す。この国で形成されてきた「成長=経済型モデル」を「必要=共存型モデル」へと転換し、「救済型再分配」を「共存型再分配」に置き換えていくことの重要性

とあるように、経済的成長がなくてはならないという考え方や、所得の再分配を貧しい人たちを救ってやるためといった考え方が批判的に扱われる。では「脱成長」や「縮減」を示すのかというと、そうでもない。経済的成長自体を否定するのではなく、経済的成長が必要なのであればそれは一手段として位置付けられる。

これまで取られてきたような対象者を絞った租税は抵抗感や痛税感を伴い、層ごとの分断を生むことも示されている(この租税抵抗の話は特に著者の一人の古市氏のご専門だろうか)。

義務教育の例を出しながら、「必要」であるものは所得を問わずに現物支給、つまり無償化されていることが説明されている。要は、一定、税率をあげる一方で、必要原理に従って現物支給することで、少なくとも「必要」は国民全員が満たされている状態を作ることが最優先されるということだろう。

「競争社会」の方が望ましいという意見と、経済格差は望ましくないとする意見とは、必ずしも矛盾しない可能性さえある。つまり、格差が必要なのは中高所得層の間であって、中低所得層の間ではないのである。

この表現からすると、「必要」を全員が満たされて低所得層が底上げされるような形で中所得層化した上で、そこから先は競争原理によって高所得層を目指すような動きがあること自体は否定しないという意味だろう。

貧しい人たちや中間層が成長の原動力となり、それによって富裕層をも包み込む。あえていうなら、「トリクルダウン」効果ならぬ、「エンブレース(embrace)」効果の発生である。

富裕層を敵視するのでは無く(あるいは貧困層を敵視するのでも無く)、また、成長を否定するのでは無く(あるいは成長のみを目的とするのでも無く)、というスタンスはとても読ませるものだった。

基準によって分断を促進する現金支給ではなく、基準無く全員に必要なサービスが現物支給されるという仕組み。現実に、日本版共存型再分配モデルを作ることになった場合、「必要」なサービスのリストはどのようなもので、それを実現するためにはどれだけの税が必要なのか、そしてその再分配モデルは富裕層も納得の行くものなのか、といったあたりが素人的には気になるところ。


ちょうど、この本を読み終えた日に、子ども食堂をやっている方から次のような悩みを聞いた。

学区のどの子でも来られるようにしているけれども、「本当に来てもらいたい子」が来てくれているかどうかがわからない。どうしたら、「本当に来てもらいたい子」に来てもらえるだろうか。

子ども食堂のチラシは自治会を通じて配布している。自治会に入っていない家の子には届いていないかもしれない。親が自治会に入るとか、きちんとしてくれてないと。結局、親の責任なのではないだろうか。

一つ目の話と二つ目の話はけっこう内容が異なる。一つ目の話で気になるのはそもそも「本当に来てもらいたい子」がどういう子どもなのかだ。これは悩むよりも自分たちに問いかけなくてはいけない。

ちなみに、月に一度とか年に数回の子ども食堂では貧困家庭の児童に栄養を摂らせたいという趣旨においてはほとんど効果が無いので、そのあたりも「本当に来てもらいたい子」像と活動内容との調整は重要だ。

「誰でも全員が来られますよ」と門戸を開いておく方法は貴重だし、いいような気がする。ちょうどこの本を読んだ後だったので、これは対象者を絞ってサービスを提供することによる「分断社会」化を防ぐということにも繋がるのか、と思った。

二つ目の「親の責任」は、なるほど確かに、そうなのかもしれない。ただ、一つには社会と繋がることができないような親もいて、しかしその親も社会の一員として手を差し伸べられる必要がある、ということは言えるだろう。これは現場ではしばしば「きれいごと」だと言われるけど(「先生もいっぺん会ってみたらええんや」くらいは平気で言われる)。

もう一つは、「親の責任」であるということでもって、社会から切り捨てることによって「社会」側にどのような効用があるかという現実的なことも考えた方が良いようにも思う(自己責任論は感情的には理解できなくない場合も多いが、戦略的には僕はほとんど理解できない)。

さて、僕は「分断社会を終わらせる」ためにどのような貢献を研究者としてできるだろう。

ゼミ4期生卒業

所属する龍谷大学社会学部コミュニティマネジメント学科で、いわゆる「ゼミ」にあたるのは「参画ゼミナール」という科目です。3年生の前期から4学期2年間にわたり所属します。

僕の母校とは違い途中で替えることも複数に所属することもできません。また、人数も均等割なので、必ずしも自分の入りたいゼミには入ることができません。ゼミは「笠井ゼミ」のように教員の姓で呼ばれます。

僕としては、人数にバラツキがあってもいいし、ゼミは教員名ではなく研究テーマで呼んだ方がいいと思っていますが、学生も教員の研究業績や専門ではほぼ選んでいないので、そうもいかないのかもしれません。


赴任したときのゼミ生を1期生とし、その後「笠井ゼミ○期生」とカウントしてきました。今年はゼミ4期生12名が卒業しました。

4期生とは海士町(島根県)や能美市(石川県)など、一緒にいろいろなところへ行きました。めずらしく性別による差が感じられる期でもあり、明るく器用にこなす女性陣と、悩み藻掻きながら進む男性陣といった印象でした。

卒業研究(論文)にも個人差は大きく、院進学も視野に入れていた学生や、学会発表を行った学生、3年生のときにほぼ書き上げた学生もいましたが、他方で、個人面談にほとんど来ない学生、ゼミを無断欠席する学生、課題レポートを出さない学生、期日を勝手に変更する学生と、日々悩みながらの指導でした。

本当は専門に近い分野、生活史研究、参加型行政論などの卒業論文に取り組むゼミにしたいのですが、なかなか学生の興味関心はそちらには向きません(上に書いたように、均等割なので、僕のゼミを希望していない学生も入っています)。

ゼミがただ「いい仲間」「いい思い出」だけで終わってしまうのは、最高学府としては残念で、できればもっと真剣に研究や論文に向き合って欲しいと最後まで望みましたが、そこはまだまだ僕の力不足です。

とはいえ、学びの効果が現れるのは何年も経った後かもしれません。卒業した後、彼らがどうなっていくか楽しみです。これからは教員と学生の関係ではないので、付き合いはあくまで一人の大人としてです。

既にいわゆる「社会人」になっているゼミの3期生が4人も後輩たちの卒業を祝いに来てくれ、2名しかいない5期生は二人ともがやはり祝いに来てくれ、3代での記念撮影になりました。卒業した後、ゼミのことを大事に思ってくれるのはやはり嬉しいです。

3期生からは労いの花束、4期生からは研究室で研究の合間に昼寝できるようにとタオルケットをもらいました。ありがとう。

三宅初穂『話しことばの要約』

大学では情報処理実習の授業も担当しています。非常勤講師として教えたものも含めると5大学で担当してきました。情報処理の科目はコンピュータを用いる、もっというと、Microsoft Officeの使い方を教えることを求める大学が多いです。

ただ、それは情報処理のほんの一部でしかありません。コンピュータを用いなくてもできる情報処理もあるし、情報処理の考え方や理論を身につけてからでないとコンピュータの操作法だけを修得しておしまいになってしまいます(そしてMS Officeのバージョンが変わると対応できなく……)。

情報処理の授業で作ったチラシを壁に貼って閲覧

余裕のある科目の場合、情報処理のお勉強に時間を割いたり、学科の学修内容と近い内容の科目運営にします。たとえば今、私が所属するコミュニティマネジメント学科ではMS Officeを高校で習ったけれども苦手意識が強い学生向けの[B]asicクラスと、それ以外の学生の[A]dvancedクラスに分け、Aクラスではチラシ、新聞、ポスターの作り方など地域で使えるさまざまな技術を教えています。

A/Bいずれのクラスでも重視しているのがタッチタイピングです。パソコンに苦手意識を持っている学生の多くは「タイピングが苦手」が原因では無いかと思っています。1分に50文字しか打てないと、スマホのフリック入力の方が速いので、キーボードを使うことに意味を感じないどころかストレスのもとです。1分に200文字打てるようになり、ショートカットキーも覚えると、パソコンを使うことの実利的な面が実感できます。


僕自身、タイピングの練習を学部生のころにしたおかげでいろいろな世界が開けました。大学院生のときに、鶴見俊輔さんの講演を文字に起こししたのも良い思い出です。また、研究会では記録係として学部生や修士課程の立場のまま同席させていただき、その場で質疑応答を入力し、研究会終了と同時に記録をメーリングリストに送って喜ばれました。

タイピングは正しい方法で毎日練習を積み重ねれば、それほど個人差無く、いっていの速さになります。ただ、最初のうちは我流の方法を矯正する過程でいったん速度が落ちたり、せっかく少し早くなってきても日常生活で使う場面がなかなかありません。何か学生にとって、タイピングの練習を続ける誘因となるものがないかと前から考えていました。

僕は、自分の授業でゲストが来てくれたときや、自分が講師を務めるワークショップで各グループからの発表を聞くとき、その場にスクリーンに映るパソコンが用意されていれば、発言を入力することがよくあります。これは参加者にとても喜ばれる。こういう経験につながれば、少しはやる気が出るかもしれない。

また、龍谷大学では聴覚障がいを持つ学生に対して、ノートテイカー(PCテイカー)を付けられる仕組みを整えつつあります。少しとはいえアルバイト代が大学から出て、空いた時間を埋められるだけではなく、自分の同級生を支えることができる良い仕組みだと思うのですが、PCテイクをしようとすると、ノートテイクの技術以前に、タイピング速度と正確さが問題になってきます。「きちんとタイピングができるようになると、こんなこともできるよ」という出口としてPCテイカーにつなげてみたい、という思いもあります(現状、テイカーは不足しています)。


ただ、研究会の議事録作成や、講演中・発表中の同時記録をしながら素人なりにもわかってきたのは、「聞こえたとおりを記録する」ことが必ずしも正解ではなさそうだ、ということです。そこにはたぶん、その分野ならではの専門性があり、理論・工夫があるはずです。

そこで調べていて出会ったのが「要約筆記」なる分野です。僕の講演会にもたまに要約筆記者を会場が手配していたことがあり、存在はしっていましたし「うわ、すごい速さで画面に出ているな」と感じることもありました。

三宅初穂『話しことばの要約』は、聞こえたままに記録するのではなく、「通訳」をすることとして要約筆記を位置付けています。難聴者の参加機会の保証のための情報伝達であるという姿勢を貫いています。現実的に全文記録は無理だからしないのではなく、全文記録が最良の手段では無いために敢えてしない、というスタンスで、なるほどと思わされます。

最終章を除いては基本的に手書きの要約筆記に関することなので、記録できる文字数の点など、タイピングとはだいぶ状況が異なります。PCテイクの理論も探究されるべきという問題提起も本書の中にありました。

今のところ、情報処理の一環として要約筆記に関心が向いているのですが、研究の際に人生史を構成・再構成するときに削っていいもの/だめなものの境界線みたいな議論にもどこかでつながるのではないかと考え、もう少し勉強を深めたい分野です。

 

2016年度栗東市「元気創造まちづくり事業・協働事業成果報告会」

僕は栗東市から元気創造まちづくり事業審査委員会の委員長を委嘱されています。これは同時に、市民社会貢献活動促進基金補助金運営委員会の委員長でもあるということのようです。いずれも長いので口頭では言いませんが……。

ともかく、市からの補助金を市民活動に出すにあたり、第三者の委員会が審査にあたっているという構図です。今日は2016年度事業の報告会でした。

 


委員が集まるのは年2回です。10月は次年度分の「審査」です。【運営委員会】→【プレゼンテーション】→【審査委員会】の流れ。3月は「評価」です。【運営委員会】→【プレゼンテーション】ですね。いずれも一日仕事です。事業は3年度間まで継続できる(毎年度審査)ので、登場する団体が当然に重なり、委員の頭は混乱します(僕だけ?)

それはともかく、今日は午前中に初の試みとして「まちづくりをカタチにするクラウドファンディング入門セミナー」と題した宮村利典氏(FAAVO滋賀エリアオーナー)の講演を市が用意していました。

宮村さんの講演はわかりやすく、特にクラウドファンディングは「通信販売と仕組みは同じ」などといったご説明は記憶に残りました。ただ、聴衆のほとんどは元気創造まちづくり事業の採択団体だったので、市民活動をクラウドファンディングにどう繋げうるか、という話に絞って事務局(市)から依頼をされても良かったかもしれません。

とはいえ、FAAVOのように、少額からでも募集可能だとか、単に資金集めの方法としてだけでは無くPRのためにもクラウドファンディングは有用である、という話は市民活動でもすぐに活用できる知見かもしれません。


講演後の(昼食前に開かれた)運営委員会では、次年度以降の成果報告会の方法について議論が交わされ、事務局と委員長に原案作成を一任されました(その後で、私の任期が3月末までだったと気づいたのですが)。

以前から私が、報告会の場を「交流」の場にしたいと発言していたことを委員が覚えていてくださっての議論です。

現状、報告会や審査会は【団体の発表(5分)→審査員からの質疑(5分)】という形式です。せっかく1年頑張ったのに(あるいは頑張る熱意があるのに)自分たちに与えられる時間と、審査員のコメントの時間が同じだけしかありません。

単に評価するだけであれば、書類のやりとりでもできますから、せっかく一堂に会して行うのにもったいない方法だなあと感じていました。まちづくりに精力的に取り組もうとされている方が集まるまたとない機会なので、私たち審査員のコメントを聞くだけではなく、互いに情報交換をする時間も必要です。

まだ次年度以降の方法は決まっていませんが、一例として、ポスター・セッションのようなことも考えています。冒頭に各団体が短くプレゼンをして、すぐに全体でポスター・セッションに入るという方式です。ただし、このためには一般来場者も一定いないと成り立たないため、何かのイベントと一緒に開催する等の工夫が必要であると本日の委員会では議論されました。

今年度は試行的にパネル展示を採択団体にお願いしたところ、多くの団体が用意してくれました。


今年度の事業報告は【元気創造まちづくり事業】の「市民活動団体」が8件、「地域振興協議会」が6件、【協働事業】が1件の計15件でした。今年度は団体発表5分、審査員5分の従来通りの方法です。(13時~16時!朝のご講演と委員会も入れると、同じ会場に実に6時間の滞在です。)

個別の事業についてはここでは紹介しきれませんが、「審査委員長講評」で言ったことをここにかいつまんで紹介します(じゃっかん、増やしたり減らしたりしています)。その場ではアドリブでしゃべっているので、ここに書いているのは、さきほどしゃべったことを「思い出して」書いています。

毎年、最後に審査員長講評のお時間をいただけるので、今日は冒頭の挨拶をカットしてもらい、個別の発表への質疑も意図的に控えめにしておりましたので、思う存分、ここでコメントします。

3年度目を迎えられる団体から「心寂しい思い」とのご発言がありました。私も審査委員として3,4年間務めており、その思いに共感できるようになってきました。実際に汗を流しているのは採択団体の皆さんですが、私たちも審査員としてかかわることでどこか「皆さんと一緒」という気持ちになっているようです。

まずは、報告の姿勢や方法に関して申し上げます。昨年度までは冒頭の挨拶で「自分の発表が終わってもぜひ最後まで残り、他の団体の発表を聞いて欲しい」と申し上げていました。今年度はそのようなお願いをしておりませんが、こうも多くの方が残って下さいました。

また、審査員を務めてらっしゃる幡委員の「サポート講座」もおかげさまで多くの採択団体に受けていただいており、その成果が如実にでているようです。昨年度は「時間が守れている」ことが印象的でしたが、今年度は「グラフの利用」と「課題の明示」が印象に残りました。成果報告というと成し遂げたことに終始しがちですが、「何ができなかったか」「取り組むべきことは何か」という視点があったのが良かったです。

次に、報告の内容について申し上げます。個別の報告については先程来、講評をしてきたところですので申し上げませんが、全体に共通することとして。「自分たち・私」の興味関心から始まったとしても、それを大事にしつつ「私たち・共」、「みんな・公共」へと広がるストーリーを描いている団体が多いことに感銘を受けました。

よく「広報広聴」と言います。「広く報せ・広く聴く」と書くわけですが、アンケートや聞き取りなど皆さん「広聴」をたいへん丁寧にされてさまざまな意見を掬い取っています。これに今後は「広報」、つまり自分たちの活動をより広く知ってもらうための活動が加わると良いでしょう。自分たちがやっていることはどこか気恥ずかしくて、自分たちからは広報しづらいと思いますが、そこは謙虚にならずになさってください。

また、「みんなのこと」につなげる方法として、仲間作り、巻き込むことも重要です。今回、小学生に標語を作ってもらったり、高校生にロゴを作ってもらったり、あるいは他の団体と連携したりと、さまざまな巻き込みがみられ、たいへん良かったです。

そして、自分たちが活動でつくりあげたモノや機会の利活用ということも考えていきましょう。「かまどベンチを小学校に作ったら、理科の授業で使ってくれたらしくて、後で聞いて知った」という報告がありましたが、それでいいのだと思います。自分たちでは思いもよらない使い方を、ほかの人がしてくれた。そのようにして、みんなの資源として皆さんの活動が残るといいですね。

審査委員長を務める私の責任として、この報告会も改善したいと考えています。先ほどの運営委員会で、他の委員の皆さんもその決意を表明してくれたものと理解しています。

せっかく皆さんが集まる機会ですから、交流が促されるようにしたいです。今年度は、その試行として有志団体の皆さんにパネル展示をしていただきましたが、さっそく交流が生まれていて良かったです。皆さん同様、審査委員会もよりよい制度になるよう努めますので、皆さんも元気創造にご尽力下さい。

塩原良和・稲津秀樹『社会的分断を越境する』

学部1,2年生のころ、テッサ・モーリス=スズキをよく読んだ。どうやら当時、単著をたくさん出されていたようだ。『辺境から眺める』(2000年)、『批判的想像力のために』(2002年)、『過去は死なない』(2004年)、『自由を耐え忍ぶ』(2004年)、それから共著では『グローバリゼーションの文化政治』(2004年)、『デモクラシーの冒険』(2004年)のどれも読んだ。

今回読んだ『社会的分断を越境する』には、当時からのテッサ・モーリス=スズキの問題提起もふんだんにちりばめられ、本人が巻頭に文章を寄せている。(読書経験を通じてしか出会ったことが無いが)十数年をおいての再会だった。


編者の一人である塩原良和先生は、僕が慶應でGCOE-CGCSのRA研究員をしているときに何度かお見かけして一方的に知っている。あれはたぶん、6,7年前のことで、当時の僕は「社会学っていうのも楽しそうだなあ」くらいに感じていて、自分が社会学部の教員になって、社会学の教科書の編者を務めるとは想像もしなかったころだ。

塩原先生の序章がとても良い。この本のキーワードは「想像力」、「越境」そして「共生」といったところだろうか。

本書では他者、あるいは他者で構成される社会に対する想像力を、個人が知識を活用しながら自らの共感の限界や制限を押し広げて他者/社会を理解しようとする努力と定義したい。

わかりあえないこと(共約不可能性)を前提に措くため理解しようとする「努力」という表現が用いられている。「共感が間違っている可能性を自覚しながら他者について考えることができる」というのは、僕にはやや検討が必要だが、希望のある言葉だ。

ナショナルな想像力、社会階層における不平等、スティグマ化という三つの阻害要因が絡み合うことで人びとのリアリティの分断が助長されていて、他者への対話的想像力の伸長のためにはこの分断を乗り越える必要がある

自分自身のリアリティの境界線の外にある他者のリアリティを経験することを「越境(border crossing)」と呼んでみよう

想像力を伸長させて他者の「リアリティ」なるものを想像することが、リアリティを「経験する」と言っていいのかどうかも僕には検討が必要だが、ともかく、ここではそれを経験と呼び、その経験を越境と呼ぶと宣言されているわけだ。

塩原の主張は、越境的想像力を学ぶためには知識を得ることで学ぶことが可能であり、具体的な学びの方法は「実際に越境してみること」であると続く。知識も学びも広い意味で使われている。

僕が思うに、卑近な例としては、引っ越しや海外旅行で味わうカルチャーショックをきっかけに、そのカルチャーの中にいる人たちの日々を想像することも越境として理解して良いということだろう。驚きや理解できなさに直面したときに、想像力が問われ伸びる。(直面しない世界のことについてまで、僕らはどう想像力を伸ばせるのかというのは一つの課題になりそうだ。)

越境という行為には、そのようにして出会った人々がその場所でどのように折り合いをつけていくのかという「共生」の課題が伴う。

こうして共生概念が出てくる。(共生というのは、違う者どうしが前提とされていて、違いはあるけれども共に生きるというところが重要だと僕は思っているけど、よく違いは無くて同じなんだということを共生の文脈で語ろうとするものがある。この本は、違いを前提に措いていそうで、違和感なく読める。)

僕はこの塩原の「折り合いをつけていく」というこなれた表現にすごく共感する。実は『基礎ゼミ 社会学』で僕が担当した章で問いかけているのはすべてのワークを通じて「折り合いの付け方」だ。

ところで、この本、バランスは考えられたのだと思うが、移民や外国籍住民や在日の話にやや偏重したような読後感が残る。

越境という言葉は、越えるものがどのような境界なのかによって多様な意味を帯びている。

こう塩原が序章で言っている。さらに稲津は「あとがき」で次のように言う。

人々の「日常」にこそ、他者とともに生きる社会について(再)想像することを常に可能にする「現場」があると考えている

移民も外国籍住民も震災もすべてもちろん「日常」にまつわる話が展開されているが、それでもどこか「特別なケース」に感じられた。越境は特別なケースでは無く日々行えるのだということをより積極的に打ち出すことが、越境的想像力を伸ばすためには重要ではないだろうか。

(追記)もしかすると、僕の違和感は、この本を読むときに「特別なケース」として読んでしまう、つまり「想像力を伸ばす」主体として措定してしまう自分=読者が「特別では無いケース」におかれてしまうこと、かもしれない。「折り合いを付ける」といったとき、その主体は両者ともいってみれば対等だが、「○○についての想像力を伸ばし越境する」といった途端に「誰の想像力?」となる。

……というわけで、序章が、これから取り組む共生社会プロジェクトへの参考にすごくなりそう。共同研究員の皆さんにシェアしよう。


それにしても著者陣が若い。編者の稲津さんが1984年、一番若い方で1989年。

プレゼンにレーザポインタは使わない

職業柄、スクリーンに画面を映して話す機会がかなり多いです。やはりPowerPointでスライドを作って用います(Preziとか、楽しいけど作り込みに時間が掛かりすぎるので)。

人の発表や講演を見ると「この方は何十回もPowerPoint使っているはずなのに、これまで誰かに『習おう』と思ったことはないのだろうか」と疑問に思うことがあります。

コンピュータを使うときのポイントは自分ができるかどうかとは関係なく、少しでも不便だとかストレスだと思ったときには「もっと便利な方法があるはず」と信じて、わかりそうな人に聞いたり調べたりすることです。

スライドショーの開始

MS Office製品が「リボン」機能を付けてから、ますます探す人が増えたような気がします。ただ、これは場所を覚える必要も無いし、考える必要も無いし、ましてや毎回探す必要も無くて、ショートカットキーを覚えるというのはどうでしょう(コンピュータの操作全般そうですが……)。

Windowsの場合は F5 キーを押すだけです。ちなみに、「今選んでいるスライドから」にしたい場合は Shift+F5 です。

学会発表とかで「スライドショーの開始」ボタンを探すのに1分以上掛ける方を見ると、「発表時間、もったいないなあ」と感じます(さも、何もなかったかのように「それではこれから発表を始めます」とかいうから、計時係の学生ボランティアとか困るだろうなあ)。

この話、いろんなところでしますが、「世代が違うんだから。こんなこと知らないよ」とか言われます。いや、それはわかるけれども、「いちいち探す」×100回よりも「F5キーを覚える」方が……。

特定ページにジャンプ

これは、特に講演や講義を見るときに思います。60分の講演ともなると50枚くらい、多い方だと100枚を超えるスライドを用意します。

それでフロアからの質疑応答があったりするわけですね。

「先ほどの58枚目のスライドのグラフ、いったん出して下さい」

とか言われるわけです(この質問者も、待たなくて良いから「~のグラフについてですが」と質問すれば良いと思うのですが)。すると講師が「あー、今出すからちょっと待って下さいね」とか言って58枚目のスライドを探し始めます。

……見つかった後、「スライドショーの開始」のボタンを探すのに30秒、そしてそれを押してしまって最初から開始になってしまい「あれ、おかしいな。PowerPointの調子が悪いので、質問を続けて下さい」などと。

こういうときはですね数字で 5 を押して 8 を押してから EnterキーでOKです。同時押しではなく順番に。9ページ目なら 9 → Enter です。132ページなら 1 → 3 → 2 → Enterです。

ああ、ちなみにここで出した例はまだ良い方で「すみません、さっきの棒グラフたくさん並んでいるやつ出して下さい」「ええと、棒グラフのは何ページかな、あ、ページ番号振っていませんね、失礼。あ、行き過ぎた、もうちょっと前かな」……

レーザーポインタって?

講演会場に行くと、レーザーポインタを渡されます。たまに無い会場に行くと、用意できなかったことをお詫びされることさえあります。要りませんけど……。

レーザーポインタをうまく使っている方、見たことがありません。「グラフのここをご覧ください」とかって使うのですよね。まあ、みて欲しいところをピンポイントでさせる指力を持っている人を見たことがありません。それに、うまくいってもスクリーンを見ながらしゃべるわけですから、いまいちです。いや、ポインタでさした後、聴衆を見る方もいるのですが、その瞬間、レーザーはスクリーンの外に飛んでいます。

紙媒体のものを配っているときは、そのレーザーの瞬間だけスクリーンを見ていないと話について行けなくなる可能性もあります。いろいろ考えると、みて欲しいところがあるなら、最初から画面内に矢印でも書いておけばいいのです。「赤矢印のところに注目して下さい」のほうが「ここですね」と言われるよりずっといい(プレゼン中に指示語は使わない方がわかりやすい)。

もしスライドが入ったコンピュータを自分で操作する場合は、スライドショーを開始して、直後に右クリックして「ポインターオプション」から「レーザーポインタ」なり「蛍光ペン」なりを選んで、話しながらマウスのドラッグで書き込むという方法もあります。

(蛍光ペンで書き込みをした場合、スライドショーを終える際に、書き込んだものを「保持」するか「破棄」するか聞かれます。ここで保持してしまうと、次に開いたときもまた同じところに印が付いているので注意。「リハーサル」モードで一通り確認した後に「タイミングを保存」してしまった人が、本番でリハーサルモードのタイミング通りに自動送りになって「あれ、勝手にスライドが進む。すみません、PowerPointが壊れていて……」となるのと似たような罠)。

コンピュータが自分の遠くにある場合、ページ送りはリモコンでやるのが僕は好きです。レーザーポインタは要らないので、KOKUYOの「黒曜石」を指か指示棒にはめて使うのがスタイリッシュ(?)。

出先のPCでもUSB指せば動きます。簡単。電池はコンビニで大抵売ってます。ただし、自動電源OFF機能が無いので、使った後に電源を切り忘れると、次の本番のときには電池が切れているのでご注意を。

山陰民俗学会『民俗の行方』

関心が向いたことがあるとき「アンテナを張る」という表現はよくするけれども、僕の場合は、アンテナをそう何本も張ったままにはできないから、Facebookなどでそのときどきに関心のあることをかなりしつこく書くようにしている。すると、自然といろいろな人から情報をいただけるものだ(職業柄、ちょっと関心があるだけのことについても専門家と思われてしまうこともあるのが難しい)。

特に最近では、左義長について調査していると書いたり言ったりする機会が多い。左義長と見て・聞いてわかる方ばかりではないことを前提に「ヒダリ・ヨシナガさんという人についての調査ではありません」と言って笑いを誘ったこともあった。

子どもが担い手となっていたことにも関心を示していたら、「関西だと亥の子(いのこ)という、子どもが担い手となる行事がある」とか「三番叟(さんばそう)も子どもが踊っていた」など、いろいろと研究室のOGや現役生も教えてくれた。

そうかそうか、と調べていたら会ったのがこの本。


山陰中央新報の文化面に2010年から2012年まで75回で連載されたもので、山陰民俗学会のメンバーが著者陣。けっこう、著者によって癖があるので「あ、これさっきの章を書いていた人だ」とわかりやすい。

執筆方針は、今日行われている生活の各分野の原点を確認しながら、過去から現在への変化を追い、未来の姿を考えてエッセー風に述べるよう努めた。

とのことだが「未来の姿を考えて」の部分は、やはり著者によって書きぶりがかなり違う。伝統・民俗は残していくべきだとか、行政が本腰をいれなければならないという、従来の「べき論」が展開されているものも少なくない。一冊の本として出版するときに「原点」「変化」「未来」の3点が明示的になるように、再構成するなり、各記事に1行ずつでもよいので編者が未来を展望するひと言を加えると完成度が相当に高まったのではないだろうか(文化財指定に係る話・願望も散見され、『「創られた伝統」と生きる』も思い出した)。

とはいえ、多くの民俗が紹介されていて、読むだけでもおもしろい。自分の知っている地域の民俗を思い起こしながら読むと、なおさらおもしろい。たとえば、次のような部分がある。

雑煮に入れる餅は平たい丸餅である。特に正月餅は前年の12月28日についたものだ。29日は二重苦と語呂合わせで、この日に餅をつくと一年中苦労がついて回るとして、28日にはどうしてもつきあげてしまいたいものであった。

僕が知っているとある地域では(最近のことかもしれないが)餅は12月29日に必ず搗いている。それは「29(ふ・く=福)」に掛けて福餅だと呼ばれている。同じ29日でも二重苦に掛けるか福に掛けるかで、搗くべき日か搗かないべき日か物語が変わって楽しい。

日照条件が地名に残っている例だとか、鳥取県のムラが中国型ではなく近畿型だとか、講は現代のSNSにつながるとか、いろいろと勉強になる論考も収録されていたが、いちいちここで紹介できないので割愛する。

ちょうどこないだ、僕たち夫婦の両親と会する場があり、そこで「ひな祭りや七夕が何月何日か」ということが話題になった。そのあたりの話は「旧暦と新暦」という記事にまとめられている。山陰地方に限らず、民俗の基礎を学ぶにもちょうどよいかもしれない。

暦の話とも関連して、本書で何度か出てくるのが「新生活運動」だ。

新生活運動の一環として、新暦統一の啓発活動が行われた。その活動を根底から支えたのが地域の婦人会だった。たとえば鳥取県連合婦人会は、新旧暦両方を用いる生活は不合理、煩雑であるとして……

クド(かまど)についても次のような言及がある。

クドをなくしたのは、戦後の昭和20年代に流行した新生活運動だった。

運動の大きな特徴は、台所の改善だった。従来の台所は暗く、じめじめしているので採光と換気を良くすること、と同時にクドの改良だった。

生活に合理化や近代化の波が押し寄せると、民俗の行方は大いに揺らいだ(揺らいでいる)でしょう。ここで「経済合理性とは異なる目的合理性はあるのだ」という方向で議論を進めることも可能で、民俗の社会的機能について議論することもできるはず。現代の社会で求められることと民俗の社会的機能との関係を丁寧に描く必要があり、ここで本質論にもっていってしまうと共感しがたい「べき論」になってしまうのだろうなあ、と危惧します。

それともう一つは「よく分からないけど、やっていくんだ」という、不合理への寛容という道も模索されてもいいのかなあ、と。一度、合理性でもって「説明」をしてしまうと、その説明に納得できない人は絶対に離れていくわけで。「わけのわからないもの」の存在をゆるす社会のありかた、みたいなことも考えさせられました(その点では、『今を生きるための現代詩』ともつながる部分もあり、やはり最近読んだ本とまったく他分野でも頭の中でどんどんつながっていくのも読書の楽しみだなあ)。

金賢貞『「創られた伝統」と生きる』

日本生活学会・生活学プロジェクト(2016年度)に採択され、左義長の調査をしている。今回、僕にとっては民俗調査の手習いのようなことでもあり、概念枠組を手に入れる前にプロジェクトを構想しまずは調査してみている。

僕はある地域で左義長という伝統行事が変遷してきた過程を調査すれば、都度の変化ごとに地域の意思決定・選択が成されているはずだと考えた。2つの隣接する地域で変遷を追うことで、地域ごとに価値づけが異なることが明らかになるはずだ。

とはいえ、まだ十分にはそのあたりはわかっていなくて、「そろそろ民俗学でどう言われているか学んでみるか」と思ったところ気になる本を見つけた(こんな行き当たりばったりの研究の方法、ゼミの学生がしようとしたら寛い心で見守ることができるだろうか)。


金賢貞が2007年に博論として書いたものに加筆して2013年に出版された『「創られた伝統」と生きる:地方社会のアイデンティティ』は、茨城県の「石岡のおまつり」を事例とした伝統化に関する研究成果だ。

タイトルでは当然、ホブスボウムを想起するものの「創られた伝統」はキーワードとは思えない(博論のタイトルにも含まれていないようだ)。むしろ副題の「地方社会のアイデンティティ」こそが主題だと思う。そして、全編が石岡にかかわることなので、なぜタイトルに石岡が入っていないのかは読み終えてもよくわからない(もったいない)。創られた伝統と生きる、というよりは、伝統を創りながら生きるというのが読後の印象だ。

本書で言及されている「中央と周縁」という描き方の重要性・妥当性はいまいちわからなかったが、書評を読む限り、やはりそこもポイントのようなので僕の読み方が足りないのだろう。

さて、本書ではローカル・アイデンティティを「地域社会の独自性を主張する集合的認識」としている。「集合的認識」というのがおもしろい。この記事の冒頭で示した僕の左義長調査に関する興味関心と繋がる。ただ、アイデンティティという語を選んだ以上、独自性という言葉が出てくるのは避けようがないかもしれないが、僕が「地域ごとの価値づけ」としているのは独自性の主張という観点ではないので、この概念はそのままは用いることができなそうだ。

著者のフィールドワークは史資料も語りも充実していて読むのが楽しい。とりわけ、個人の語りへ着目する手法が、やはり僕自身の左義長調査の参考になる。

「個人のレベルまで微分することに有効性」を認める民俗芸能研究も現れるようになった。これは、最近のライフヒストリーという方法論の認識とも相通じる。つまり、ある特定の個人の思想や価値観、社会的属性などにフォーカスを合わせることで、本質的な実在物としての民俗芸能ではなく、社会的諸条件に敏感に反応しながら、いまを生きている民俗芸能のむき出しのあり方を浮き彫りにすることができるのだ。

このようにして、特定の個人に注目することの正当性が「きわめて有効かつ重要な方法」として主張される。ただし、著者は「すべての個人を主体として捉えるわけではない」という。

社会構造や社会的諸条件に常に影響され、反応し、規定し合う存在としての主体のなかでも、社会的事実としてのある現象における因果関係を理解するうえで欠かせない存在もしくは台風の目のようにその中核を占める存在をコア・アクター(core actor)として位置づけし、その実践を具体的に見ていく。

このようにして描かれるコア・アクターたちの語りや足跡はどれも読み応え十分で、確かに重要であることはわかるのだが、その限定がなぜ可能なのかは僕にはわからない。たとえば社会的事実の「因果関係を理解するうえで欠かせない存在」や「中核」など本当に抽出可能だろうか。あるいは社会的事実としての現象の設定はどのように妥当性を持つのだろうか。


終章で著者は言う。

日常的な消費行動とは違い、アイデンティティーは日常的に表出するものではない。さらに、アイデンティティーは、一個人だけで決まるものでもない。常に他者や外部世界を必要とする関係性の概念なのであり、その関係の微妙な力学によって揺れ動き、修正され確認・強化される意識のあり方なのである。

ここで語られているアイデンティティはもちろんローカル・アイデンティティのことだろう。一個人だけで決まるものではないが、その決定過程にはやはりコア・アクターが(他の個人より)方向付けの面で強い影響力を保ったのだろうか。

もう一つ、アイデンティティは「日常的に表出するものではない」のだろうか。消費行為分析への批判的な立ち位置を示すことは理解できる。しかし、伝統行事等の場面で強く表出されたり主題化されたりするローカル・アイデンティティは、集合的な認識である以上、日常的にも相対的には弱くとも表出されるのではないだろうか。


M. シンガーの論を踏まえて展開している伝統化に関する議論は、僕の左義長調査を基にした研究にも適用できそうだ。

シンガーの伝統化論は、土着の既存の文化要素をAとし、異質で新米の文化要素をBとするなら、再統合された結果としての伝統Cとの関係を、A+B=Cというふうに単純化したところに問題がある。

シンガーが見落とした問題、Bがすべて同じレベルのBではなく、Aより下位レベル、言い換えれば、Aに含まれ、手段的な意味の強いbがあり、これを含めて伝統化を論じなければならないのである。

なるほど。左義長調査において、隣接する2つの地域がそれぞれ、竹を組んだり引っ張り上げたりするのに使うのが「藤蔓」か「針金」か、あるいは左義長を「1/14の夜に実施するか」、「1/15に近い土日に実施するか」といった点についてどうして違いがあるのかという問題があった。本書のこの議論に則れば、2つの地域において、「Bとするか、bとするか」の価値判断が異なったということになる。

では、Bとbを区別するものは何か。それは、Aを「伝統」と見なす認識や言説実践、規制の仕組みであり、石岡では總社宮大祭を規定する「古い歴史と伝統のまち」というローカル・アイデンティティーがそれなのである。

実は「古い歴史と伝統のまち」というローカル・アイデンティティ(というよりコンセプトに見える)があってもなお、「何がBかbか」つまり何が伝統や地域をそれとして成り立たせるかは自明ではないが、こうした議論の展開はたいへん参考になった。

『じゅうぶん豊かで、貧しい社会』R. スキデルスキーら

スキデルスキー親子による『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』、原題はHow much is enough?だ。原題も訳題もキャッチーで良い。ただ、読了後にキーワードとして残るのは「よく生きる」と「倫理」であり、その両方が出てこないのは残念だ。

実はタイトルを見たとき「成長志向はダメだ。このままだと世界は破滅の一途を辿る。豊かで貧しく生きるのではなく、貧しく豊かに生きよう」というような本かと思ったが、そう単純な主張でもなかった。

成長を肯定したり否定したりするというよりは、何を目指した成長かという価値の問題を先にすべきで、それがないと成長の成否を問うこと自体ができない、という話だと理解した。


効用は純粋に記述的な概念であり、欲しいものについて語るが、欲しがるべきものについては語らない。

これは当たり前のような感じがするし、「人によって価値は違う」と多様性の受容こそが豊かな社会として描く際には「べき」論は忌避されがちだ。ただ、著者は個人それぞれにとってよいことだけではなく、(社会にとって)よきものの実現を志向しているようだ。

欲しがるべきもの、よきものという倫理の話を積極的に打ち出そうという展開はおもしろい。さらに、著者らがいう価値が「幸福」ではないことが示される。このために、いろいろな議論が登場するが僕が一番おもしろかったのは次の文だ。

人が心で感じた幸福が、それ自体として必ずしも善でないことはあきらかだ。それ自体として善であるのは、幸福になるべきときとき、あるいはすくなくとも、幸福になるべきでないとは言えないときだけだ。

GDPに替わりGDHを追求しようという話はよく聞くが著者らはこの立場を採らない。

さらに、自然との関係を「人間が活用する資源」とみなす(シャロー派)のでもなく、「人間にとっての有用性とは無関係に、自然それ自体を価値あるもの」とみなす(ディープ派)でもない立場を表明する。著者らが示すのはその間を採ったもので「グッドライフ環境保護主義」として示される。

自然の価値として、人間の尺度によるものと本質的なものを両立させるもう一つの方法は、自然との調和はよい暮らしの一要素であると考えることだ。

環境に配慮した生き方を求めはするが、それは自然のためでもなければ、将来世代のためでもなく、私たち自身のためである。

自然との調和というのは、里地里山に関する議論と繋がることがありそうだ。持続可能性とか将来世代のためとかいう考えに距離を置いているのも興味深い。

さて、こうした議論を経て、ではよい暮らしとは何かという考えが「基本的価値(basic goods)」として示される。これが可能になるのは「倫理観のちがいはたしかに存在するにしても、大方の人が思うほど多岐にはわたっていない」という現実的な判断(前提)を持つからだ。

基本的価値の選択基準は「普遍的価値」「最終価値」「独立した価値」「なくてはならないもの」の4つであり、これらを満たして提示されるのが次の7つだ。

  1. 健康
  2. 安定
  3. 尊敬
  4. 人格または自己の確立
  5. 自然との調和
  6. 友情
  7. 余暇

著者らが「この種のリストはそもそも正確にはなり得ない」と述べているとおり、議論を呼びそうな案の提示だ。

終章では「おおざっぱな提案」として政策提言のようなこともなされている。ただ、これは、ワークシェアリング、支出税(消費税)の累進課税化、ベーシックインカム等であり、目新しさはない。下手に政策論をするよりもむしろ、次の姿勢の表明で十分だったのではないだろうか。

すでに「十分」になった社会における市民生活はどのようなものかを考えなければならない。その結果私たちは、貧困を前提とする既存の経済政策とは正反対の策を支持するに至った。

『今を生きるための現代詩』渡邊十絲子

今年のH氏賞が発表されたという記事を見て、H氏賞って何だろうと思った。同時に現代詩人賞というのも受賞者が決まったらしい。

そもそも現代詩って何だ。あの、よくわからないやつか。と思いつつkindleで調べたらこの本が出てきた。サンプルを読んでみた。

詩人ですと名のり初対面のあいさつをして名刺を交換して、そしてかけられる第一声が「わたしは詩はよくわかりません」

ああ、見透かされてるかのようだ。詩人と名乗られたら、身構えて逃げてそう言うのは間違いない。そのあたりの心の動きもつぶさにバレている。というわけで、著者に敬意を払いkindle版を購入して読んだ。


詩が何編も全文引用されているのに驚いた。このことについてはあとがきに触れられている。

タイトルの「今を生きるための」とはどういうことか。

いま人間にできることは、謙虚になるきっかけとしての詩に接することだ。理解しようとしてもどうしても理解しきれない余白、説明しようとしてどうしても説明しきれない余白の存在を認めること。

このことは、この本を頭から読んでいくとなるほど確かにと思わされる。

なにかを伝えるためではなくてただ書いた、ただことばの美を実現したくて書いたので「ねらい」などはない、と思われる詩は無数にある。

「伝えたい内容があらかじめあってそれを表現する」ものではなく、「表現がさきにあって、結果的になにごとかが伝わる可能性を未来にむけて確保している」のだ。

そうだったのか(この本自体は詩ではなく、伝えたいことが伝わる文として書かれているので安心してよい)。本の中で詩が抽象画にたとえられるくだりもわかりやすい(そう、この本自体は詩ではないからわかる)。

抽象画みたいなものだ、とか、伝達のための文章ではないから要約できない(しつこいようだけどこの本自体は要約可能だ)、とか、言ってもらえるとわからなさに安心させられる。

(この本自体は詩ではないとはいえ「結果的になにごとかが伝わる可能性を未来にむけて確保している」という表現自体は僕にとっては、詩的に感じられる。)

わかることに訓練されてしまっている僕が、現代詩なるものを楽しめるようになるのかまだよくわからない。ただ、つねづね「本当の専門家というのはわかりやすい説明ができるものだ」とか「不変の本来の自分」みたいなものがどこかにあるはずだ、というような言説には疑念を抱いてきたこともあり、どこかこの本には勇気づけられた。

学問は芸術や詩ではないだろうから、やはりわかりやすくないといけないのかもしれないし、説明する努力を避けてはいけないのかもしれないが、でもやはり、説明・伝達とは相容れない領域が学問の中にもあるような気もする。

あるいは、だからこそ論文や学術書ではなく小説を書くことができる研究者というのが出てくるのだろうか。

【「広報」ってこんなにおもしろい!】

龍谷大学社会学部では2016年度に広報学生班が組織されました。教職員からなる学部広報委員会の指導・助言を受けながら学生たちが主体的に広報活動を行う組織です。

初めて広報学生班が主催するイベントとして、新潟移住計画より小黒恵太朗さんをコーディネータとして招き【「広報」ってこんなにおもしろい!】と題するワークショップを開催しました。私は、学部の広報委員長として、広報学生班と小黒さんとの事前打ち合わせに臨んだり、当日の運営を裏方として手伝うことに徹しました。

広報学生班メンバーのほか、社会学部学生、社会学部卒業生、他学部教員、他大学卒業生と多彩なメンバーが集まり10名でのワークショップとなりました。

冒頭、私から社会学部が取り組んでいる「教学重点型広報(教学広報)」についてお話ししました。広報が一人歩きするのではなく、広報に見合うだけの教学(教育と学問)を学部がしっかり実践できるように、学部内に働きかけて行こうという発想です。
まちづくりの分野でいうシビックプライド(civic pride)に通ずるもので、「自分たちの学部に誇りを持てるように、外とのコミュニケーションポイントを作る」ことを目指し、ワークショップやコンテストの実施、情報センターへの情報蓄積と共有といった、全学の広報部門とは異なる位置付けで学部広報を展開します。

ワークショップ、午前中は写真編。小黒さんからは写真撮影の技巧ではなく、「誰に」「どんなことを」伝えるかというコンセプトワークを通じて、コンセプトの重要さを参加者が学びました。

今回は「某新聞滋賀県版に5段広告を出すという想定で、【A. 受験生の保護者に「へえ、そうなんや」「すごい」と思わせる】【B. 受験生に「ワクワク」感を与える】という2つのコンセプトがワークで選ばれ、4,5人ずつで二つのグループに分かれて、このコンセプトを満たすための写真撮影がキャンパス内で行われました。

昼休み中もキャンパス内で写真撮影をして、午後の部に移ります。午後は撮ってきた写真の中からグループごとに3枚の写真を選びました。なぜその写真を選ぶのか、写真にタイトルを付けるとすれば何か……。

さらには、新聞広告の発注書をデザイナーの小黒さんに提出するという課題が出て、読者が読む順番や、読者層も想定しながらそれぞれのグループが案を出しました。今後、小黒さんはこの成果を参考に、実際に新聞広告の制作に取り組みます。

主催者としては、初めてのワークショップなので「いい新聞広告ができる」ことよりも、10名と少ないとはいえ参加者たちが広報のおもしろさを知り、社会学部の魅力をもっと発見して、もっと伝えるような人材になるきっかけになっていれば嬉しいです。

今後、広報学生班がこうしたワークショップを一般の学生や地域の方も巻き込みながらどんどん展開していく予定なのでご期待ください。

醍醐寺で五大力カフェ

※本投稿の写真は薮井芽吹さん


2月23日は毎年、世界文化遺産「京都古都の文化財」を構成する寺でもある醍醐寺(真言宗醍醐派總本山)で、五大力さんの愛称で親しまれる五大力尊仁王会が執り行われます。

五大力さんといえば、大きな鏡餅を持ち上げる行事が有名で、毎年ニュースにもなっています。

五大力さんでは御影(みえい)というお札の授与がこの日に限って受けられます。御影は2月15日から21日まで醍醐派の僧侶1,000人以上が祈祷したもので、多くの参拝者がこれを求めてやってきます。


そうした中、私が担当する科目「コミュニティマネジメント特論」では五大力さんの1日限定で「五大力カフェ」を実施しました。同科目は2015年度に大学コンソーシアム京都が「京都世界遺産PBL」という枠組で始めたものの一つで、昨年度(2016年)の五大力さんでは特設ブースを設けて受講生が制作したポストカード3,000枚を配布しました。

五大力さんの日にこれまで開かれていた伽藍に加え、今年度からは豊臣秀吉の庭や唐門でも有名な三宝院と、寺宝を収蔵する霊宝館も拝観可能になりました。これに合わせて、霊宝館の敷地内にあるスペースを特別に醍醐寺にお借りして五大力カフェが実施されることになったわけです。

今年度の受講生は「醍醐寺の魅力は、人によって異なる魅力が見つけられるというその多様性にこそある」ということと、「僧侶らと今まで以上に気軽な雰囲気で醍醐寺来場者と交流できる開かれた場になってほしい」ということを掲げました。

授業としては企画立案までで終わりなのですが、授業期間終了後も(昨年度受講生同様に)全受講生がボランタリーに活動を続け五大力さんを迎えました。この間、当初、受講生らが作りたがっていた茶菓「だい☆グミ」(醍醐味との掛詞)制作を断念するなど、受講生にとっては思い通りに行かず悔しいことも多かったはず。
それでも、以前から学生たちが大学生協で食べていたクッキーやドーナツを作っており、醍醐寺のすぐ近くにある障がい者就労支援施設「京都市だいご学園」に、「醍醐の花見」に掛けた桜味の焼きドーナツを開発していただき、受講生にとっても思い入れのあるカフェのメニューになりました。

カフェでは大きな御影ではなく懐中守りと僧侶直筆のカード、そして昨年度の受講生が制作したポストカードが入ったセットの授与も行われました。昨年度の受講生自身がボランティアで店頭に立ったり、客としてカフェに訪れたりして、醍醐寺への愛着を感じさせられます。

僧侶も何名もいらして、カフェのお客さんとの気さくな交流を楽しんでくれました。カフェでは、1年間の授業の内容を紹介したり、2月1日に京都市立醍醐小学校と行った企画「醍醐探検隊」で同校4年生が作った「醍醐寺マップ」を展示していました。

五大力カフェには児童たちも自分たちのマップを観に来てくれ、企画の当日にはゆっくり観られなかった他の班のマップも見ながら盛り上がってくれました。

売り上げを目的としたカフェであれば問題点は多かったかもしれませんが、僧侶と来場者との交流、過去の受講生の拠り所、他事業との連繋などを達成した受講生たちは、本当によくやったと担当教員としては感じています。

▼京都世界遺産PBL 醍醐寺×龍谷大学「コミュニティマネジメント特論」についてはこちら

共生社会PJプレ研究会(合宿)

共生社会プロジェクトについてはこちら

※本投稿の写真は山本純一先生撮影


2017年2月5日から6日に掛けて、龍谷大学大宮学舎本館で「共生社会・共生経済の構築に向けた研究と実践」(共生社会PJ)のプレ研究会を開催しました。共同研究員予定者の12名を含む計16名もの方が参加されました。

これに先立ち、2016年9月には、私の学生時代の指導教員でもある山本純一先生(慶応大名誉教授)が発起人となり、「大地の大学」が発足されました。「大地の大学」は大学院レベルのフリースクールを志向する構想とのことで、共生社会PJの実践部門として連携を図っており、共生社会PJと「大地の大学」の10名が共通するメンバーです。今回の研究会は「大地の大学」第2回研究合宿とも位置付けられました。


初日の2月5日はエクスカーションとして希望者8名で龍谷ミュージアムを団体参観し石川副館長の説明と案内を受けました。

その後、会場に集合し私プレ研究会および共生社会PJの趣旨説明と、各参加者からの自己紹介を行い、夜には懇親会を楽しみました。

もちろん会食だけではなく……、2月5日の午後と2月6日の午前には研究発表が9件行われ、各発表の後には活発な議論が展開されました。


  1. 内山大志(慶應義塾大学環境情報学部3年)
    • 連帯経済による社会発展の可能性―岐阜県不破郡垂井町の事例から―
  2. 粟井俊貴(龍谷大学社会学部4年)
    • まちづくりにおける住民の主体性―智頭町百人委員会の事例から―
  3. 佐々木聡(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程2年)
    • 福祉多元化における社会的企業及び社会的投資の構造~現代資本主義社会変革の試みにおける意義と限界~
  4. 原めぐみ(大阪大学未来戦略機構特任助教)
    • 移動する子どもたちへの持続可能な支援:大阪市内のボランティア教室の事例から
  5. 笠井賢紀(龍谷大学社会学部講師)左義長の役割に見る地域社会:栗東市目川・岡の事例を基に
  6. 大谷尚之(愛媛大学社会共創学部准教授)
    • アニメ作品のロケ地における製作会社・地域・ファンの連携~茨城県大洗町と千葉県鴨川市の事例~
  7. 市川顕(関西学院大学産業研究所准教授)
    1. EU統合の危機―EUの規範性のゆらぎ―
  8. 香川敏幸(慶應義塾大学名誉教授)
    • 「大収斂」時代の多様性の中の共生社会経済の現状と課題~普通のひとびとの社会参加における中間組織の意義~
  9. 山本純一(慶應義塾大学名誉教授)
    • フェアトレードがひらく新しい経済と日本の社会

すべて発表の後、山本先生から大地の大学の構想説明、佐々木さんと内山さんから大地の大学の事業提案が行われました。輪読会を行ったりフィールドトリップを行ったりと積極的な活動を展開するようです。

議論を経て次の3点が確認されました。

  1. 共生社会PJと合同で年2回の研究合宿を開くこと
  2. 共生社会PJとは別組織ではあるが連携を図っていくこと
  3. 大地の大学においては教員と学生の別をおかずにフラットであること(あるいは教員はが

共生社会・共生経済という共通テーマに基づいて行われた個別の研究発表ではあるものの、その視点・方法・事例のあらゆる面で現段階において統一感のあるものではなく、今後、共同研究として何を共有の軸にするかさらなる検討が求められる。ただし、現段階においても一定の共通点は認められよう。すなわち、①既存の学問的分類の批判的検討に加えて分析的・分類的視点への物語的・実践的視点からの提言が見られる、②社会規範の否定ではなくどのような社会規範が求められるのかに向き合う研究姿勢が見られる、③自律・自立した主体間における連携が志向されている。

次回は茨城大学(野田真里先生)がホストとなり本年10月7-8日に開催予定です。

福祉フォーラム第15回専門セミナー「語りから未来を紡ぐ」

 

福祉フォーラムについてはこちら

2016年度の専門セミナーの一つは「語りから未来を紡ぐ」と題して山田・笠井の2名で担当しました。セミナーの名称は私が授業や研究プロジェクトの名称としても用いているものですが、今回は参加団体からの発案を受け、これをセミナー名に採用しました。

今回は参加者を児童相談所または家庭児童相談室で相談業務にあたっている職員としました。ふだん、相談・支援の業務でたいへん過酷な状況をいくつも抱えつつ、多忙な日々を送っている職員たちが、同業の仲間たちの仕事の動機や業務に掛ける思いを知る機会はあまりないのではないかと考え、研修と交流の両要素を含めたデザインにしました。

冒頭と最後の挨拶は山田先生に任せ、私はその間の100分ほどのワークショップのデザインと進行を担当しました。ワークショップの流れは次の通りです。

  1. 自己紹介:講師(笠井)の研究動機と今回ワークショップの目指すことについて
  2. アイスブレイク:(5,6人)共通点探し
  3. ワーク[A1]:(個人)楽しいこと・つらいことの書き出し
  4. ワーク[A2]:(2,3人)書き出した項目の共有
  5. ワーク[B1]:(2,3人)相手の人生を聞いての年表作り
  6. 休憩
  7. ワーク[B2]:(5,6人)ペア相手の人生をほかの人に紹介。紹介された人へのグループ内での質疑応答
  8. まとめ

近い業務内容ではあるものの、ふだんは異なる職場で働く人たちが、「この人もこういう思いでやっているのか」「同じようなやりがいやつらさを感じているんだなあ」「これくらい気を抜くのもいいかもしれない」「こうすれば楽しくなるのか」と、自分との共通点や相違点を見つけながら感じることを楽しんでもらえたようです。

また、ふだんは相談を聞く立場の皆さんが、後半のワークでは自分自身のことについてほかの人に関心をもって聞いてもらうという経験をしました。どの人の辿ってきた道も、ほかの人にとっても、それぞれに楽しく意味のあるものに写ったようです。


ナラティブ・セラピーの分野で、点の演習(dot exercise)というのがあります。人生で起こることや、人の性格などを一つ一つ点だと考えたときに、どの点を結んで線を繋ぐかで、浮き出てくる像は異なるという話です。

今回のワークショップでは点の演習をしたわけではありません。ただ、繋がりはありそうです。

相談業務のことを考えると、相談の際には「問題の点」が「選んでくれ」とばかりに強調されている状態だと言えるでしょう。ところが、その点を選んでできあがる「問題の子」「問題の親」「問題の家族」は、確かにニーズのある場所ですが、そこには別様の描き方が可能性としては残っている、そして、そこにこそ本人の主観的な自分らしさのようなものがあるかもしれない。

「相談・支援の専門職」という描かれる線が先に決まっていて、ましてや研修ではそれを構成する点がわかりやすく浮かび上がっている、そういう場で、敢えて「専門職」の線を一度消して「これまでの人生」という自由な描き方をしてもらう、そういった試みでした。(もちろん、私たちはそう簡単には自由になれないので、描かれた「これまでの人生」の多くは「なぜこの専門職になったのか」をひたすら志向するものであったのも確かです。)

40名ほどの参加者があり、アンケート結果ではおおよそ満足度の高いものだったようです。次年度も似たような専門セミナーがあれば、という声もいくつもいただきました。実はこのワークショップは私ではなくても比較的簡単に真似して採り入れることが可能ですし、職種を問わずに実践可能です。

最近、人生を描く際には一つだけの物語(single story)ではなく、多くの描き方がありうるし、それだけではなく、私たちは日常の生活において複数の物語・立場を常に同時に経験しているのではないか、というような考えに惹かれており、専門セミナーでエクステンションしてみました。

 

滋賀県自治会連合会で講演

ボストンプラザホテル草津のケネディルームで開催された平成28年度滋賀県自治会連合会研修会において「地縁組織の可能性―新旧住民自治組織の違いを超えて―」と題した講演を行いました。

滋賀県自治会連合会は滋賀県内4市1町(大津市、守山市、近江八幡市、栗東市、竜王町)の自治連合会が加盟している組織です。今年度は栗東市が事務局を担うことになったようで数ヶ月前に講演の打診がありました。

単位自治会→学区自治会連合会→市町自治会連合会→県自治会連合会→全国自治会連合会というように組織があるところが多いのでしょうか。

滋賀県には19の自治体(13市6町)あるので、4市1町の加盟というのは不思議ですが、実は全国自治会連合会も加盟状況は芳しくありません。全国自治会連合会は2016年度に加盟組織数は33であり、都道府県単位では加盟せず、市単位で独自に加盟しているところもあるという状況です。


滋賀県自治会連合会には大きな集まりは、総会を除くとこの研修会・交流会が年間の最も大きな集まりのようです。

ホテルで実施され、研修会――つまり私の講演――の後には交流会が待っているわけです。ところが、研修会のみに参加する方は十数名いるものの、交流会のみに参加する方は皆無であり、構成員の熱心さが見られます。

参加者はおおよそ80名ほどだったかと思います。当番の栗東市からは多くの自治会長が来られていました。

講演は1時間弱で、冒頭に住民自治組織について地縁型とテーマ型、あるいは協議体型など「○○型」という分類の表現がたくさんあることを紹介しました。そして、これらが現場においては不要な混乱を引き起こすことがあると説明しました。

とりわけ、新しい住民自治組織――まちづくり協議会、自治振興会、地域振興協議会などの地域内分権組織――と従来の自治会・町内会との機能差をめぐる議論が混乱を引き起こすことが多く、本来、新旧両者が地縁性もテーマ性も有しているにもかかわらず、旧=地縁、新=テーマ・協議体という実態とは異なる区分がその原因となっています。

制度の草創期には、新旧組織の違いをめぐる議論はそれなりに意味のあるものですが、制度構築が済み、既に制度を前提に多くの実践がなされている現在、(ありもしない)新旧組織の本質の差を論ずるよりも、せっかくある新旧組織をどう活用していくかを考えていくことが建設的であると論じました。こうした議論は私のここ数年の研究成果に基づいたものです。

当日の研修会は自治会長あるいは自治連合会の幹事として現場で活動されている方たちばかりが参加していることも踏まえ、講演の後半は架空の――しかし、よくある――エピソードを交えつつ、新旧住民自治組織がそのケースにどう向き合うことが可能であるかを具体的に示しました。

示したエピソードはここには紹介できませんが、次の4つのテーマです。

  1. 自治会に入り活動に貢献をするのは当たり前のことだろうか
  2. 自治会活動の大御所たちの経験はどう活用すれば良いのだろうか
  3. 若者世代と自治会役員の世代との差はどう乗り越えれば良いのだろうか
  4. 自治会活動が負担だと捉えられてしまう状況をどうしたら良いのだろうか

これらはいずれも、多くの自治会長が日々直面している課題であり、研修を一度受けたからといって、個別のケースが解決するものではありません。

講演は受け身で聞くよりも、講師がいうことに「え?」と疑問や怒りを感じた方が自身の考え方の特性に気がつきやすいため、今回は敢えて議論を呼ぶような(controversial)話をいくつかしました。その「敢えて」を前提としつつ、講演の振り返り部分を少し紹介しましょう。

  1. 常識はたくさんある。自分とは異なる常識の人に「非常識だ」と嘆いていても効果は望めない
  2. 暗黙の了解が成立しない。必要な情報は努めて明示し共有する
  3. 住民自治の建前を理解し遂行してみる。自分たちで自治をする気がない地域では自治会活動を諦めるのも、金銭的な解決(業務委託)に頼るのも一つの手だ
  4. 住民自治が守れるのであれば組織は自治会でなくても構わない

こうしたまとめは、思った以上に反応をいただきました。「研修会というから、大学の先生の現場がわかっていないような話を聞いて終わりかと思ったらエピソードがリアルでおもしろかった」「まとめには納得がいかないことが多かったけれども、自分だったらどうするか、考え始めるきっかけになった」などなど。

また、講演の最後に大学の有効活用法も紹介しました。学識経験者として委員長に大学教員を据えるだけではなく、共同調査、ワークショップのデザイン、CBLやサービスラーニングなど学生の公式な巻き込みといったさまざまな方法を、教員の専門性に合わせて協働で試していくとよい、という話です。そのおかげか、交流会の場でさっそくいくつかの地域で講演のご依頼などをいただきました。